【夕霧 28】夕霧、落葉の宮に迫る 宮、塗籠に籠もる

かく心|強《ごは》けれど、今はせかれたまふべきならねば、やがてこの人をひき立てて、推しはかりに入りたまふ。宮はいと心憂く、情《なさけ》なくあはつけき人の心なりけり、とねたくつらければ、若々しきやうには言ひ騒ぐとも、と思して、塗籠《ぬりごめ》に御座《おまし》一つ敷かせたまて、内より鎖《さ》して大殿籠《おほとのごも》りにけり。これもいつまでにかは。かばかりに乱れたちにたる人の心どもは、いと悲しう口惜しう思す。男君は、めざましうつらし、と思ひきこえたまへど、かばかりにては何のもて離るることかはとのどかに思して、よろづに思ひ明かしたまふ。山鳥《やまどり》の心地ぞしたまうける。からうじて明け方になりぬ。かくてのみ、事といへば、直面《ひたおもて》なべければ出でたまふとて、「ただいささかの隙《ひま》をだに」と、いみじう聞こえたまへど、いとつれなし。

「うらみわび胸あきがたき冬の夜にまた鎖《さ》しまさる関の岩門《いはかど》

聞こえん方なき御心なりけり」と、泣く泣く出でたまふ。

現代語訳

このように小少将は強情ではあるが、大将(夕霧)は、今は小少将の強情さに拒まれたままでいらっしゃるはずもないので、すぐにこの人(小少将)をひき立てて、ここが宮の居所かというあたりを推測してお入りになる。宮はとても憂鬱で、「情けなく軽薄な、大将(夕霧)の心なのであった」と恨めしく辛かったので、大人気なく言い騒いでもどうなるものでもないとお思いになって、塗籠に畳を一つお敷かせになって、内側から錠をさしてお休みになるのだった。これもいつまで持つことやら。これほどまでにかき乱されてしまった女房たちは、それぞれの心の中に、ひどく悲しく残念にお思いになる。男君(夕霧)は、女君の態度を、心外で恨めしいと存じ上げるが、これぐらいのことでどうして諦めるものかと、ゆったりお構えになって、あれこれ思いながら夜をお明かしになる。夫婦別れて夜をすごすという、山鳥の心地がなさるのだった。ようやく明け方になった。こうしていては、朝の光の中、人に顔を見らて気まずい思いをするのが関の山だから、まだ暗いうちにご出発なさるということで、(夕霧)「ほんの少しの隙間だけでも」と、熱心に申し上げられるが、宮はひどくつれない。

(夕霧)「うらみわび……

(開かない戸を恨み悲しんで、胸がなかなか晴れない冬の夜に、その上関の岩門に錠まで掛けてしまうとは)

申し上げようもない御心であった」と、泣く泣くご出発になる。

語句

■これもいつまでにかは 作者のコメント。 ■乱れたちにたる 夕霧の来訪によってひっかきまわされた。 ■かばかりにては 塗籠に隠れたくらいで諦めるものか。 ■山鳥の心地 山鳥は夫婦仲がいいが夜は夫婦離れて寝ると言われる。「あしびきの山鳥のをのしだり尾のながながし夜をひとりかもねむ」(拾遺・恋三 人麿/小倉百人一首三番)。「昼はきて夜は別るる山鳥の影みるときぞ音はなかりける」(新古今・恋五 読人しらず)。 ■からうじて 冬の夜は長い。 ■事といへば 結局やる事といえば。 ■直面 明るくなってきて朝帰りの顔を人に見られること。恥とされた。 ■うらみわび 「関の岩門」は「塗籠の戸」の比喩。「胸あきがたき」は気持ちが晴れないこと。「あきがたき」に冬の夜がなかなか明けないの意と、塗籠の戸が開かないの意をかける。

朗読・解説:左大臣光永