【御法 12】帝以下の弔問 源氏、なおも出家に躊躇

所どころの御とぶらひ、内裏《うち》をはじめたてまつりて、例の作法《さほふ》ばかりにはあらず、いとしげく聞こえたまふ。思しめしたる心のほどには、さらに何ごとも目にも耳にもとどまらず、心にかかりたまふことあるまじけれど、人にほけほけしきさまに見えじ。今さらにわが世の末にかたくなしく心弱きまどひにて、世の中をなん背《そむ》きにけると、流れとどまらん名を思しつつむになん、身を心にまかせぬ嘆きをさへうち添へたまひける。

現代語訳

方々から御弔問を、帝をはじめ、型通りの作法というだけでなく、まことに頻繁に、お遣わしになる。ご出家を決意された心具合には、まったく何事も目にも耳にもとまらず、心にわだかまりとなることはあろうばすもないが、人からは、ぼんやりしているようには見られたくない。今さら晩年になって、頑固で気弱な迷いから、世の中を背いたのだと、後に噂が世間に流れ出て、それが評判になるのだろうことをお気に病んで、わが身を思うままにできない嘆きさえもお加わりになる。

語句

■所どころの あちこちの身分の高い人々。 ■例の作法ばかりにはあらず 通常の作法にのっとった形式的なお見舞いだけでなく、真実心がこもっているの意。 ■思しめしたる心 出家を決意している心。 ■ほけほけしきさま 「ほけほけし」はぼんやりしているさま。 ■かたくなしく 頑固で愚かなようすに。 ■流れとどまらん名を思しつつむ 源氏は世間体を極端なまでに気にする。世間など気にせずさっさと出家すればよいのだし、世間は源氏のことなどすぐに忘れる。結局のところ、そこまで深い道心ではなく、ぐずぐずしているだけと見える。また六条院の快適すぎる生活を手放したくないと、本心では思っているのだろう。 ■身を心にまかせぬ 出家したいという気持ちのままに行動できないもどかしさを言っているが、結局のところ、行動しないことは源氏自身の判断である。「現状を変えたくない」という強い念願が見える。

朗読・解説:左大臣光永