【幻 04】源氏、交際を避けて引きこもる

疎《うと》き人にはさらに見えたまはず。上達部《かむだちめ》なども睦《むつ》ましき、また御はらからの宮たちなど常に参りたまへれど、対面《たいめん》したまふことをさをさなし。「人に対《むか》はむほどばかりは、さかしく思ひしづめ心をさめむと思ふとも、月ごろにほけにたらむ身のありさまかたくなしきひが事《こと》まじりて、末の世の人にもてなやまれ後《のち》の名さへうたてあるべし。思ひほれてなん人にも見えざむなると言はれんも同じことなれど、なほ音に聞きて思ひやることのかたはなるよりも、見苦しきことの目に見るは、こよなく際《きは》まさりてをこなり」と思せば、大将の君などにだに、御簾《みす》隔ててぞ対面《たいめん》したまひける。かく、心変りしたまへるやうに、人の言ひ伝ふべきころほひをだに思ひのどめてこそは、と念じ過ぐしたまひつつ、うき世をもえ背きやりたまはず。御方々にまれにもうちほのめきたまふにつけては、まづいとせきがたき涙の雨のみ降りまされば、いとわりなくて、いづ方にもおぼつかなきさまにて過ぐしたまふ。

現代語訳

院(源氏)は、疎遠な人には前にもましてお会いにならなくなった。上達部なども親密な者だけ、また御兄弟の宮たちなどはいつも参っていらしたが、ご対面なさることはめったにない。「人に向かい合う時ばかりは、かしこぶって思いをしずめ心をおさめようと思っても、ここ数ヶ月でうつけたようになっているわが身の様子では、醜悪な過ちをしでかして、後々の時代の人に取り沙汰されるだろうし、死んだ後までも、残念な評判を残すことになるだろう。気持ちがふぬけてしまって、誰にも会わないらしいと言われるのも、残念なのは同じことだが、やはり噂にきいて、まともな状態ではないようだと想像するよりも、見苦しいことを直接目に見るのは、ひどく程度がまさって、愚かであるにちがいない」とお思いになるので、大将の君などにさえ、御簾を隔ててだけ、ご対面なさるのだった。こうして、院(源氏)が心変わりなさったというように、世間の人が噂する期間までも考えて、気持ちを落ち着かせてから出家しようと、すぐにも出家したいお気持ちを抑えて、日々をお過ごしになりつつ、ご出家にもならないのだった。御方々にも、たまにちらりとご訪問になられるにつけては、まずはひどくせき止めがたい涙の雨ばかりが降りまさり、それがひどくたえがたいので、ご訪問は滅多になく、どちらの御方も、不安なご様子でお過ごしになっていらっしゃる。

語句

■かたくなしき 「かたくなし」は見苦しい、みっともない。 ■ひが事 過ち。変なことを口走ったり挙動不審なさまをいうのだろう。 ■末の世の人 ここでは後の時代の人。 ■思ひやる 源氏がどれほど呆けた状態かと世の人が聞いて推量する。 ■心変わりしたまへる これまでどちらかというと社交的だった源氏が御簾の内に引きこもってしまったことを「心変わり」という。 ■思ひのどめて 気持ちを落ち着かせて。 ■念じ 出家したい気持ちを我慢して。 ■御方々 明石の君や花散里。 ■うちほのめきたまふ 訪問したとも言えないほどのちらとした訪問。 ■まづいとせきがたき 御方々の姿を見るにつけ紫の上が想像され涙が出る。 ■おぼつかなきさまに 御方々が、源氏に会えなくて心配であるの意に取った。源氏が、と取ることもできよう。

朗読・解説:左大臣光永