【幻 06】女三の宮を訪れるも素気ないあしらいに失望、紫の上との違いを実感する

■【古典・歴史】メールマガジン

いとつれづれなれば、入道の宮の御方に渡りたまふに、若宮も人に抱《いだ》かれておはしまして、こなたの若君と走り遊び、花惜しみたまふ心ばへども深からず、いといはけなし。

宮は、仏の御前《おまへ》にて経をぞ読みたまひける。何ばかり深う思しとれる御道心にもあらざりしかど、この世に恨めしく御心乱るることもおはせず、のどやかなるままに紛れなく行ひたまひて、一《ひと》つ方《かた》に思ひ離れたまへるもいとうらやましく、かくあさへたまへる女の御心ざしにだにおくれぬることと口惜しう思さる。閼伽《あか》の花の夕映《ゆふば》えしていとおもしろく見ゆれば、「春に心寄せたりし人なくて、花の色もすさまじくのみ見なさるるを、仏の御|飾《かざり》にてこそ見るべかりけれ」とのたまひて、「対の前の山吹こそなほ世に見えぬ花のさまなれ。房《ふさ》の大きさなどよ。品高くなどはおきてざりける花にやあらん、はなやかににぎははしき方《かた》はいとおもしろきものになんありける。植ゑし人なき春とも知らず顔にて常よりもにほひ重ねたるこそあはれにはべれ」とのたまふ。御|答《いら》へに、「谷には春も」と何心もなく聞こえたまふを、言《こと》しもこそあれ、心憂くもと思さるるにつけても、まづ、かやうのはかなきことにつけては、そのことのさらでもありなむかし、と思ふに違《たが》ふふしなくてもやみにしかなと、いはけなかりしほどよりの御ありさまを、いで何ごとぞやありしと思し出づるに、まづそのをりかのをり、かどかどしうらうらうじうにほひ多かりし心ざま、もてなし、言の葉のみ思ひつづけられたまふに、例の涙のもろさは、ふとこぼれ出でぬるもいと苦し。

現代語訳

院(源氏)は、ひどく所在がないので、入道の宮(女三の宮)の御方においでになると、若宮(匂宮)も女房に抱かれていらして、こちらの若君(薫)と走って遊び、桜の花を惜しまれるお気持ちは深いものではなく、まことに子供っぽい。

宮(女三の宮)は、仏の御前にて経を読んでいらした。どれほど深くお悟りになっての御道心でもなかったが、この世に恨めしく御心乱れることもなくていらして、おっとりしたままで紛れなく勤行なさって、仏の道ひとすじに俗世から気持ちが離れていらっしゃるのもうらやましく、このような浅はかな女の御心ざしにさえも遅れを取ってしまったことだと、院(源氏)は残念にお思いになる。閼伽桶に入れてあるお供えの花が夕方の光に映えてまことに風情ありげに見えるので、(源氏)「春に心を寄せていた人(紫の上)が亡くなって、花の色も興ざめとしか思えませんが、仏の御飾にてこそ見るべきであったのですね」とおっしゃって、(源氏)「対の屋の御庭前の山吹こそはやはり世にもめずらしい花のようすですよ。房の大きさなどといったら。上品に咲こうなどとはまるで思っていない花なのでしょう。華やかににぎやかな面においては、実におもしろいものでありましたよ。植えた人がもう世にない春とも知らず顔で、例年よりも美しい色合いを重ねているのこそ、心惹かれますな」とおっしゃる。御答えに、(女三の宮)「谷には春も」とどうという気もなく申し上げられるのを、「他に言いようもあろうに、冷たいことを」、とお思いになるにつけても、まず、こうした些細なことにつけても、上(紫の上)はそのことはそうしないでほしい、というこちらの気持ちに沿わないことはついに一度もなかったものだと、上(紫の上)が幼い頃からのご様子を、さあ何事があったかとお思い出されるにつけ、まずその折あの折、才気があり、洗練されて、美点の多かったご気性、ふるまい、言葉ばかりお思いつづけられるにつけ、いつもの涙もろさで、ふとこぼれ出てしまうのも、ひどく苦しいお気持ちになられるのである。

語句

■入道の宮 女三の宮。六条院の寝殿の西面にいる。 ■こなたの若君 薫。柏木と女三の宮だが世間的には源氏と女三の宮の子と見られている。 ■あさへたまへる 「浅ふ(あさはかである)」の連用形。源氏は内心では女三の宮を軽く見ている。 ■閼伽の花 「閼伽」は仏に供える水。 ■対の前 紫の上が住んでいた六条院の東の対か。 ■品高くなどは 山吹を擬人化した表現。 ■にぎははしき方 華やかでにぎやかなのは品がないという価値観。 ■植ゑし人 「色も香も昔の濃さに匂へども植ゑけむ人の影ぞ恋しき」(古今・哀傷 貫之)。 ■谷には春も 「光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る物思ひもなし」(古今・雑下 清原深養父)。 ■そのことのさらでもありなむかし そのことはそうしてほしくない、ということ。何が「そのこと」なのか。初見ではまず理解不可能。こういうねじくれた文章はただでさえ読みにくい『源氏物語』の中でも最高に読みにくく、ほとんど暗号文である。同時代の読者でも理解できなかったと思われる。作者の中にだけ存在する「紫式部語」といえる。ここまで読みづらい文章は意図的に書こうとしても書けるものではない。作者は何らかの精神疾病・言語障害を抱えていたと私は思う。

朗読・解説:左大臣光永


■【古典・歴史】メールマガジン