【幻 12】七夕の夜、独り悲しみに暮れ歌を詠む

七月七日も、例に変りたること多く、御遊びなどもしたまはで、つれづれにながめ暮らしたまひて、星合《ほしあひ》見る人もなし。まだ夜深《よぶか》う、一《ひと》ところ起きたまひて、妻戸押し開《あ》けたまへるに、前栽《せんざい》の露いとしげく、渡殿《わたどの》の戸よりとほりて見わたさるれば、出でたまひて、

たなばたの逢ふ瀬は雲のよそに見てわかれのにはに露ぞおきそふ

現代語訳

七月七日も、例年とは違って地味なことが多く、管弦の御遊びもなさらないで、所在ないままにぼんやり物思いに沈んでお過ごしになって、星の逢瀬を見る女房もない。院(源氏)は、まだ夜が深いうちに、独りでお起きになって、妻戸を押し開けて御覧になると、前栽の露がとても多く、それが渡殿の戸を通して見渡されるので、外にお出になって、

(源氏)たなばたの……

(七夕の牽牛織女の逢瀬は雲の彼方に見やる一方、故人と別れたこの庭には、露がいっそうましてきている。私の涙もさらに多く流れる)

語句

■例に変りたる 七夕の夜には歌を読み、音楽を奏でたりするが、今の源氏はそんな気になれない。 ■星合 牽牛星(わし座の首星アルタイル)と織女星(琴座のベガ)がこの夜、年に一度逢うといわれている。 ■たなばたの… 七夕の牽牛、織女の別れにことよせて紫の上との別れを悲しむ。

朗読・解説:左大臣光永