【幻 15】十月、雁によせて故人の魂の行方を想う
神無月《かむなづき》は、おほかたも時雨《しぐれ》がちなるころ、いとどながめたまひて、夕暮の空のけしきにも、えも言はぬ心細さに、「降りしかど」と独《ひと》りごちおはす。雲居をわたる雁《かり》の翼《つぱさ》も、うらやましくまもられたまふ。
大空をかよふまぼろし夢にだに見えこぬ魂《たま》の行《ゆ》く方《へ》たづねよ
何ごとにつけても、紛れずのみ月日にそへて思さる。
五節《ごせち》などいひて、世の中そこはかとなくいまめかしげなるころ、大将殿の君たち、童殿上《わらはてんじやう》したまひて参りたまへり。同じほどにて、二人《ふたり》いとうつくしきさまなり。御|叔父《をじ》の頭中将、蔵人少将など小忌《をみ》にて、青摺《あをずり》の姿ども、清げにめやすくて、みなうちつづきもてかしづきつつ、もろともに参りたまふ。思ふことなげなるさまどもを見たまふに、いにしへあやしかりし日
現代語訳
十月はただでさえ時雨がちな季節で、院(源氏)は、いよいよぼんやりと物思いに沈んでいらして、夕暮れの空のけしきも、なんとも言えない心細さなので、(源氏)「いつも時雨は降りしかど…」と独り言をおっしゃる。空をわたっていく雁の翼も、列を離れないのがうらやましくて、ついじっと見入っておられる。
(源氏)大空を……
(大空を行き通う幻術師よ、夢にさえも見えない魂の行方を訪ねてくれ)
何ごとにつけても、お気持ちが紛ることはまったくなく、月日とともに亡き人のことをお思いになる。
語句
■おほかたも 特に悲しいことはなくてもという意をふくむ。 ■降りしかど 「神無月いつも時雨は降りしかどかく袖ひたすをりはなかりき」(源氏釈、出典不明)。 ■大空を… 「まぼろし」は幻術師。「長恨歌」の道士を想定。