【幻 19】歳暮、述懐の歌を詠む

年暮れぬ、と思すも心細きに、若宮の、「儺《な》やらはんに、音《おと》高かるべきこと、何わざをせさせん」と、走り歩《あり》きたまふも、をかしき御ありさまを見ざらんこと、とよろづに忍びがたし。

もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間《ま》に年もわが世も今日や尽きぬる

朔日《ついたち》のほどの事、常よりことなるべく、とおきてさせたまふ。親王《みこ》たち、大臣《おとど》の御|引出物《ひきいでもの》、品々《しなじな》の禄《ろく》どもなど二《に》なう思しまうけて、とぞ。

現代語訳

年も暮れてしまった、とお思いになるにつけても心細い中、若宮(匂宮)が、「追儺のやらいをする時に、大きな音を立てるために、何をやらせようか」と、走りまわっていらっしゃるのも、院(源氏)は、この愛しい御姿をもう見られなくなることだと、万事お気持ちを抑えることがおできにならない。

(源氏)もの思ふと……

(物思いをしていて、過ぎていく月日も知らぬ間に、この一年も、わが俗世での生活も、今日で尽きてしまうのか)

正月朔日ごろの事は、例年と違うように準備せよと、仰せになる。親王たち、大臣への御贈り物、身分に応じてお与えになるものなど、またとないようにしっかりご準備なさった、ということである。

語句

■儺 追儺の行事。鬼やらい。大晦日の日、邪気を払う儀式。宮中で、方相氏とよばれる四つ目の仮面をかぶった者が鬼の紛争をした者を追って歩きまわる。 ■音高かるべきこと 大きな声を上げて悪鬼を追い払おうというのである。 ■もの思ふと… 「もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に今年は今日になりはてぬとかきく」(後撰・冬 藤原敦忠)。 ■朔日のほどの事 正月、宮中で行われるさまざまな行事。 ■常よりもことなるべく 源氏にとって最後の正月になるから。 ■引出物 身分が高い方々への贈り物。本来馬を送ったことから引出物という。 ■とぞ 作者が誰かから聞いた話を語り伝えたという体にしてある。

朗読・解説:左大臣光永