【竹河 01】これは髭黒大臣家の古女房の語る話

これは、源氏の御|族《ぞう》にも離れたまへりし後大殿《のちのおほとの》わたりにありける悪御達《わるごたち》の落ちとまり残れるが問はず語りしおきたるは、紫のゆかりにも似ざめれど、かの女《をむな》どもの言ひけるは、「源氏の御|末々《すえずゑ》にひが事《こと》どものまじりて聞こゆるは、我よりも年の数つもりほけたりける人のひが言《こと》にや」などあやしがりける、いづれかはまことならむ。

現代語訳

これは、源氏の御一族からもお離れになった、後大殿《のちのおおとの》(髭黒太政大臣)のあたりに仕えていた器量の悪い女房たちで、まだ生きている者が、聞かれもしないのに話しておいたことである。

紫の上にお仕えしていた女房たちが語ることとは食い違っているようだ。しかしその女たちが言ったことは、「源氏のご子孫の話に嘘がまじっていると申し上げるのは、それは私たちよりも年の数を重ねた、耄碌した古女房のいう虚言なのでしょうか」などと不審がっていた。さてどちらがほんとうなのだろうか。

語句

■これは… 物語を記録した作者の前口上という体裁をとる。他の帖とくらべると異質。 ■源氏の御族にも離れたまひし 源氏の一族から疎遠な髭黒大臣家に仕えた女房の語る話。源氏の一族にとって容赦ない話であろうと予想される。 ■悪御達 ここでは器量のよくない女房たち。 ■問はず語り 誰に問われるでもなく自分から語りだした話。 ■紫のゆかり 紫の上の女房が語った話。 ■かの女ども 「後大殿わたりにありける悪御達」をさす。 ■源氏の御末々に… 源氏方の語る話は源氏方に都合がよすぎる。逆が見ればおのずと違う見え方もあるといったニュアンス。 ■いづれかまことならむ 語り手の言葉。源氏方と、髭黒大将方のそれぞれの言い分を採録して読者に判断をせまる。

朗読・解説:左大臣光永