【竹河 22】玉蔓、息子たちの昇進の後れを嘆く

左の大殿の宰相中将、大饗《だいきやう》のまたの日、夕つけてここに参りたまへり。御息所里におはすと思ふにいとど心げさうそひて、 「おほやけの数まへたまふよろこびなどは、何ともおぼえはべらず、私《わたくし》の思ふことかなはぬ嘆きのみ、年月にそへて思ひたまへはるけん方なきこと」と涙おし拭《のご》ふもことさらめいたり。二十七八のほどの、いと盛りににほひ、はなやかなる容貌したまへり。「見苦しの君たちの、世の中を心のままにおごりて。官位《つくさくらゐ》をば何とも思はず過ぐしいますがらふや。故殿おはせましかば、ここなる人々も、かかるすさびごとにぞ、心は乱らまし」とうち泣きたまふ。右兵衛督《うひやうゑのかみ》、右大弁にて、みな非参議なるを、愁はしと思へり。侍従と聞こゆめりしぞ、このころ頭中将と聞こゆめる。年齢《としよはひ》のほどはかたはならねど、人に後《おく》ると嘆きたまへり。宰相は、とかくつきづきしく。

現代語訳

左大臣家の宰相中将(昔の蔵人少将)は、大饗の翌日、夕方になってここ(玉蔓邸)にお参りになった。宰相中将は、御息所(大君)が実家に戻っていらっしゃると思うにつけ、いよいよ恋心が加わって、(中将)「公人としての昇進の喜びなどは、何とも思いません。私生活で望んでいたことが叶わない嘆きばかりが、年月のたつにつれて、思いが晴れようもないことでございまして」と、涙を拭うのも、わざとらしい感じである。宰相中将は、二十七八歳くらいで、まことに今が盛りと美しく、華やかな顔立ちをしていらっしゃる。(玉蔓)「見苦しい君たちが、世の中を心のままになると思い上がって。官位を何とも思わず過ごしていらっしゃるとは、なんとまあ。故殿(髭黒太政大臣)がご健在であられたら、私の息子たちだって、こうしたたわいもない色恋沙汰に、心を乱していたでしょうに」とお泣きになる。息子たちは右兵衛督(長男)と右大弁(次男)で、みな非参議であるのを、母(玉蔓)は残念と思っている。侍従と申し上げたらしい方は、このころ頭中将と申し上げたようだ。年齢からいうと悪くはないが、母(玉蔓)は人より昇進が後れていると嘆いていらっしゃる。宰相中将は、何かとそれなりに、ふるまっていらっしゃる。

語句

■左の大殿の宰相中将 夕霧の子の宰相中将。もとの蔵人少将。 ■数まへたまふ 昇進のこと。 ■私の思ふこと 大君への懸想心。 ■見苦しの君たち かつて玉蔓はよその若君をこんなに悪し様に考える娘ではなかった。年の経過によって玉蔓の精神がゆがみ、ひねくれているさまが悲しい。 ■官位をば何とも思はず 玉蔓から見ると宰相中将は昇進など思いのままなのでありがたみも感じず、些末な色恋ごとに心を悩ませているお気楽な立場と見える。 ■いますがらふ 「いますがり」は「あり」の尊敬語。その未然形に継続の助動詞「ふ」がついた形。 ■かかるすさびごと たわいもない色恋沙汰。 ■右兵衛督 玉蔓の長男。従四位下相当。 ■右大弁 玉蔓の次男。従四位上相当。 ■非参議 三位以上でまだ参議にならぬ者、四位で一度参議に任じられたことのある者、四位で参議に任じられる資格のある者。ここでは第三にあたる。参議は太政官の職員で大・中納言につぐ。定員八名。 ■愁はしと思ふ 宰相中将が参議なのに自分の息子たちは資格がありながら参議になれないので。 ■侍従 玉蔓の三男。 ■頭中将 蔵人頭と近衛中将を兼任する者。従四位下相当。 ■人に後る 夕霧や紅梅右大臣の子息に後れていると。 ■とかくつきづきしく その身分にふさわしく色恋ごとに執心して、中将のおもとなどを語らっている、ということか。省略しすぎて文意不明瞭。総じて竹河巻は書くべきことを省略し書かざるべきことをくどくどと書きバランスが悪い。『源氏物語』中、もっとも質の悪い帖といえる。かつてあれほど聡明で気さくだった玉蔓がぐちぐちした鬱陶しいおばさんになっているのも悲しい。作者はこの一幕で何がやりたかったのか。

朗読・解説:左大臣光永

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