【椎本 08】八の宮の薨去
かの行ひたまふ三昧《さんまい》、今日はてぬらんと、いつしかと待ちきこえたまふ夕暮に、人参りて、「今朝よりなやましくてなむ、え参らぬ。風邪《かぜ》かとて、とかくつくろふとものするほどになむ。さるは、例よりも対面《たいめん》心もとなきを」と聞こえたまへり。胸つぶれて、いかなるにかと思し嘆き、御|衣《ぞ》ども綿厚くて急ぎせさせたまひて、奉れなどしたまふ。二三日はおりたまはず。いかにいかにと人奉りたまへど、「ことにおどろおどうしくはあらず。そこはかとなく苦しうなむ。すこしもよろしくならば、いま、念じて」など、言葉にて聞こえたまふ。阿闍梨《あざり》つとさぶらひて、仕うまつりけり。「はかなき御悩みと見ゆれど、限りのたびにもおはしますらん。君たちの御こと、何か思し嘆くべき。人はみな御宿世といふもの異々《ことごと》なれば、御心にかかるべきにもおはしまさず」と、いよいよ思し離るべきことを聞こえ知らせつつ、「いまさらにな出でたまひそ」と諌《いさ》め申すなりけり。
八月二十日のほどなりけり。おほかたの空のけしきもいとどしきころ、君たちは、朝夕霧のはるる間もなく、思し嘆きつつながめたまふ。有明の月のいとはなやかにさし出でて、水の面《おもて》もさやかに澄みたるを、そなたの蔀《しとみ》上げさせて、見出だしたまへるに、鐘の声かすかに響きて、明けぬなり、と聞こゆるほどに、人々来て、「この夜半《よなか》ばかりになむ亡せたまひぬる」と泣く泣く申す。心にかけて、いかにとは絶えず思ひきこえたまへれど、うち聞きたまふには、あさましくものおぼえぬ心地して、いとど、かかる事には、涙もいづちか去《い》にけん、ただうつぶし臥したまへり。いみじきめも、見る目の前にて、おぼつかなからぬこそ常のことなれ、おぼつかなさそひて、思し嘆くことことわりなり。しばしにても、後《おく》れたてまつりて、世にあるべきものと思しならはぬ御心地どもにて、いかでかは後れじ、と泣き沈みたまへど、限りある道なりければ、何のかひなし。
阿闍梨、年ごろ契りおきたまひけるままに、後《のち》の御事もよろづに仕うまつる。「亡き人になりたまへらむ御さま容貌をだに、いま一《ひと》たび見たてまつらん」と思しのたまへど、「いまさらに、なでふさることかはべるべき。日ごろも、またあひ見たまふまじきことを聞こえ知らせつれば、今はまして、かたみに御心とどめたまふまじき御心づかひをならひたまふべきなり」とのみ聞こゆ。おはしましける御ありさまを聞きたまふにも、阿闍梨のあまりさかしき聖心《ひじりごころ》を憎くつらしとなむ思しける。入道の御本意は、昔より深くおはせしかど、かう見ゆづる人なき御事どもの見棄てがたきを、生ける限りは明け暮れえ避《さ》らず見たてまつるを、よに心細き世の慰めにも思し離れがたくて過ぐいたまへるを、限りある道には、先立ちたまふも慕ひたまふ御心も、かなはぬわざなりけり。
現代語訳
父宮(八の宮)がお勤めになっていらっしゃる三昧は、今日終わるはずだからと、いつお帰りかしらと姫君たち(大君と中の君)がお待ち申し上げられている夕暮に、人が参って、(八の宮)「今朝から気分が悪いので、帰参できない。風邪だろうかと、あれこれ手当をしているところです。それにしても、いつもにままして、貴女方にお会いしたくてならない」とお言伝てになられた。姫君(大君と中の君)は胸かきたてられて、どんなご容態かとご心配され、それぞれの御衣を綿を厚くして急いでご用意なさり、差し上げなどなさる。ニ三日経ったがご容態もよくおなりにならない。どうだろうどうだろうと人をお遣わしになられるが、(八の宮)「べつだん大げさなことではない。なんとなく苦しいだけだ。少しよくなったら、じきに、我慢して下山しよう」など、口頭でご伝言申し上げられる。阿闍梨がお側近くに控えて、お仕え申し上げているのだった。(阿闍梨)「何ということもないご体調の悪さとは思われますが、これが最期の時でいらっしゃるかもしれません。姫君たちの御ことは、何をご心配されることがございましょう。人はみな前世からの定めというものはそれぞれ異なっておりますから、あなたがご心配なさったところでどうなるというものでもいらっしゃいません」と、いよいよ現世への執着を断ち切るべきことを申し上げ知らせては、(阿闍梨)「この期に及んで山をお下りになりますな」と、お諌め申し上げるのだった。
八月二十日のころであった。あたり一面の空のけしきもいよいよ憂鬱に感じられるころ、姫君たちは、朝夕霧の晴れる間もなく、お思い嘆きながらぼんやりと物思いに沈んでおられる。有明の月がたいそう明るくさし出て、水の面もあざやかに澄んでいるが、山寺の方角の蔀を上げさせて、外をお見やりになると、鐘の声がかすかに響いて、夜が明けたらしい、と聞こえる時分に、何人かの人が来て、「この夜半ごろにお亡くなりになられました」と泣く泣く申し上げる。
姫君たちは絶えず心にかけて、父宮のご容態を心配していらしたが、いざその悲しい知らせをお耳にされると、呆然として前後不覚となり、いよいよ、こうした事に直面すると、涙もどこかへ消え去ってしまうのだろうか、ひたすらうつ伏していらっしゃるのだった。ひどく悲しい肉親との死別ということも、それを目の前にして、はっきりと見届けるのが世の常のことであるが、この場合ご臨終のご様子がよくわからないということも加わって、お悲しみになることは当然である。ほんの少しでも、父宮に先立たれ申されて後、この世に長らえていることもできまいと、ご姉妹ともに常にお思いになっておられたので、何としても父宮に遅れまいと泣き沈んでいらっしゃるが、人の命は定めのある道であるので、どうしようもない。
阿闍梨は、長年八の宮が仰せつけられていたとおりに、亡くなった後の御事も万事お世話申し上げる。(姫君)「亡き人となられたということであれば、せめてそのご様子、お姿を、もう一度拝見いたしましょう」とお思いになりまたそうおっしゃるが、(阿闍梨)「今さら、どうしてそのようなことをすべきでしょうか。日頃も父宮(八の宮)さまは、死後再びお会いにならないだろうことをお知らせ申し上げておられましたので、お亡くなりになられた今はなおさら、お互いに御心をおとどめなさるべきではないという気持ちにならねばなりません」とだけ申し上げる。姫君たちは、父宮が寺にいらっちゃった時のご様子をお聞きになるにつけても、阿闍梨のあまりにも冷静な仏法一途の御心を憎く恨めしいとまでお思いになるのだった。八の宮は出家したいという御真意を昔から深く仏道に持っておられたが、この姫君たちの後見を頼める人がいない御事などをお見過ごしになれないので、生きている間は明けても暮れても姫君たちのおそば近くでお世話申し上げていらして、実際それが心細い現世での慰めともなり、この世からお気持ちがなかなか離れないままに長年過ごしていらしたのだが、生死の別れにおいては、お先立ちになるほう(八の宮)の御心にも、お慕い申し上げるほう(姫君たち)のそれにも、どうにもならないことなのであった。
語句
■三昧 心を集中して乱れさせないこと。ここでは念仏三昧。 ■今日はてぬらん 四季の念仏で七日間だから今日終わったはずだと姫君たちは考えている。 ■つくろふ 手当する。 ■例よりも これきりになるのではないかという不安から。 ■綿厚くて 「風邪かと」というので。 ■言葉にて 手紙を書くほどの体力がないので口頭で使者に伝言を託した。 ■御宿世 人はそれぞれ運命があり親がどれほど思ってもそれぞれの運命にしてがっていくという価値観。 ■思し離るべき 俗世のわずらいから離れ仏事のみに集中すべきこと。 ■朝夕霧のはるる間もなく 宇治は霧がよく立つ。この霧は姫君たちのふさぎこんだ心情を象徴している。 ■そなたの蔀 宇治山の寺のある方角の蔀。 ■うち聞きたまふ 父宮の訃報をきくこと。 ■涙もいづちか去にけん 悲しみが極限にまで達するとかえって涙が出ないの意。 ■いみじきめ 肉親の死という悲しいこと。 ■おぼつかなそひて 八の宮は山寺で亡くなったので、姫君たちは臨終の様子を知ることができなかった。 ■限りある道 前世からの因縁。寿命。 ■契りおきたまひける 八の宮の御葬送や御中陰のことを八の宮があらかじめ阿闍梨に頼んでおいた。 ■亡き人になりたまへらむ 姫君たちは父宮の薨去を直接見てはいないので仮想の助動詞「む」がくる。 ■さること 姫君たちが父宮の遺骸を見ること。 ■さかしき聖心 仏法一途の冷静な心。外目には冷酷にすら見える。 ■より心細き世の慰め 姫君たちの世話は八の宮の往生の妨げではあったが、同時に心細い世を生きる心の慰めともなっていた。