【源氏物語】現代語訳をつくってます【経過報告2】

本日は、『源氏物語』の現代語訳をつくっていますという話で、その途中経過の二回目です。

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★修正★
(誤)義仲が戦のはてに自害するのをみとどけてから
(正)義仲が戦のはてに討たれるのをみとどけてから

第四帖の「夕顔」まで終わりました。

前回ぶん 経過報告1
https://roudokus.com/Genji/GenjiR01.html

五条の夕顔の宿

「夕顔」の巻には印象深い場面が多いです。まずヒロイン夕顔との、出会いの場面がすばらしいです。

光源氏が、五条のみすぼらしい界隈を、病にかかっている乳母(惟光の母)のお見舞いに訪れたところ、

隣の家の垣根に、白い花が咲いている。

「あの花はなんだ」

お供の者が答えて、

「あの花を夕顔ともうします。花の名は一人前ですが、このようなみすぼらしい垣根に咲くのでございます」

「かの白く咲けるをなむ、夕顔《ゆふがお》と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になん咲きはべりける」

うむ、なんとあはれなことよ。一房折ってまいれと言って、源氏は、お供の者に花を手折りにやらせると、その家に仕える女童…小さな女の子の召使いが、白い扇をさしだして、

「この扇にのせて、花をさしあげてください」というので、お供の者が扇を受け取って、言われたとおり、夕顔の花をのせて源氏にわたすと、その扇に歌が書いてあった。

心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花

物の怪の正体は?

これをきっかけに、光源氏はこの「夕顔の女」という、名前も素性もわからない女に興味を持ち、やがてねんごろな関係になりますが、

そんなある夜、源氏が夕顔と枕をともにして、少しまどろんだ夢の中に、たいそう美しい様子の女がすわっていて、

「このような別段のこともない女をつれていらして、ご寵愛になるのは、ひどく目障りでつらいことです」

かくことなることなき人を率《ゐ》ておはして、時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ

そう言って、かたわらに寝ている夕顔をかき起こそうとする、という夢を見て、目がさめて、見てみると、もう夕顔は冷たくなっていた…

ところでこの、夕顔を取り殺した物の怪の正体は、何者でしょうか?

おそらく、「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊」と理解している方が多いと思います。

私もずーーっとそう思ってました。

しかし、よーく読んでみると、六条御息所の生霊とは一言も記されてないんですね。

「夕顔」の巻は、源氏が夕顔のもとにウキウキして通うようすと、一方で六条御息所のもとに通ってもいまいち気分が乗らず、しだいに足が遠のいていくさまが、交互に描かれます。

だから、いかにも六条御息所が嫉妬に狂って、浮気相手の夕顔を呪い殺したように読めてしまうんですが、

実は、六条御息所がやったとは一言も書いてないんですね。

このあたりのミスリードというか、叙述トリックというか、興味深いものがあります。

六条御息所は物語のずーーっと後半まで登場し、源氏に近づく女性を次々と呪います。正妻の葵の上は取り殺され、紫の上も、女三の宮も、とりつかれます。

しかし、葵の上、紫の上、女三の宮についてははっきりと「六条御息所のしわざだ」とわかる書き方がされていますが、

夕顔にとりついた物の怪だけが、ほんとうに正体がわからない。ぼかして書いてあるんですね。

そこが、いよいよ物の怪くさくて、不気味です。

惟光の優秀さ!

そして夕顔が死んでからが、惟光(これみつ)の見せ場です!

惟光は、源氏の乳母子(めのとご)で、光源氏の女通いをなにかと手引する、第一のパシリみたいな役回りですが、源氏物語の中でも私は大好きなキャラクターです。

惟光は、とにかく優秀です!

夕顔が死んじゃって、さっきまで抱いてた女が、亡骸になってるわけですからね。

源氏は取り乱します。

「ああ大変なことになった!どうしよう!帝からお咎めを受ける!世間からもどんなに悪く言われることか!」

…女の死を悲しむとか心配するよりもまっさきに、自分の保身を考えるという、

このへんの源氏のクズっぷりも、あますところなく描かれていて、すばらしいです。

もっともこの時、光源氏は17歳という設定です。

17歳という年齢を考えると、「無理からぬ未熟さだな」と思います。

物語がすすむにつれて光源氏も成長し、考え方や、言動にも、落ち着きがでてきます。

取り乱す主君・光源氏に対して、惟光は、わかりました。後のことは私におまかせください。すべて内々に処理しますからと、縁のある東山の寺に話をつけて、パパパッと内密のうちに葬儀を行います。

なにしろ物の怪に取り殺されたなんていっても通用しない。殺人事件とうたがわれかねないです。

いかに光源氏が帝の皇子といっても、バレたらただではすまないという状況。

なんとか内密に処理しなくてはいけない。そこで、惟光が縁のある東山の寺に話をつけて、葬儀も、埋葬も、ぱぱっとすませてしまう。

このあたりの惟光の立ち回りが、光源氏のあたふた、おろおろ、何やっていいかわからない慌てっぷりとの対比で、実に惟光の優秀っぷりが際立つんですね。

ちなみに、乳母子(めのとご)とは乳母(めのと・うば=養い親)の子です。乳母の養い君と乳母子はいっしょに養育され、生涯にわたって強い絆で結ばれることが多かったようです。

ほかに有名な乳母子の例として、『平家物語』に描かれた木曽義仲の乳母子、今井四郎兼平がいます。

『平家物語』に木曽義仲は勇猛果敢だが精神的にもろいところのある人物として描かれています。今井四郎兼平はそんな義仲をなにかと支え、助言し、かばい、

最後は義仲が戦のはてに討たれるのをみとどけてから、みずからも壮絶な自害をとげるさまが描かれています。

しかし惟光は、光源氏に対して、忠実なしもべとして、従順にしたがっているというわけでは、ぜんぜんないんですね。

けっこういい加減で、好き勝手やっている。

光源氏があちこちで女遊びをしている一方で、惟光もあちこちの女のもとに通っています。

光源氏が女と逢っている間、惟光は、一晩中見張りに立ってないといけないですが、まあ、どうせ朝まで何もないから。いいや。朝になってもう一回迎えにこようと、ぷうと帰ってしまったり。

また光源氏がこの夕顔という女と、ねんごろな関係になったのを見て、「わが君はうまいことやったなあ。ほんとだったら俺のほうがあの女とつきあっててもよかったのになあ」などと、ふとどきなことを考えている。

けっこういい加減なところがあるんですね。

けれども、夕顔の死体を処理するという、ここ一番の働きどころでは、テキパキとした冷静な働きを見せる。惟光の優秀さですよ!

夕顔が死んで、光源氏はもう取り乱してしまって、ああどうしよう、どうしよう、なぜ私はこんな、命がけの色恋沙汰なんてやってるんだ。自分ではじめたこととはいえ、エラいことになってしまったなあ!

しまいには熱出して寝込んでしまう。実に使えない、ダメ人間っぷりを発揮しまくる光源氏ですが、その一方で惟光が、おまかせください。後のことはすべて私がやりますのでと、テキパキと立ち回る。

この、源氏と惟光の対比が、実にいいかんじです。

京都市下京区夕顔町の民家の中庭に「夕顔の墓」があります。非公開ですが表に碑が立っており、なんとなく五条の夕顔の宿といったわびしい風情がいまも漂っています。

物語の中の人物に墓があるなんて変な感じですが、夕顔にはモデルがいたともいいますので(村上天皇皇子・具平(ともひら)親王に仕えた女房・大顔。具平親王に愛されたが、月見の最中に消え入るように死んだという)

朗読・解説:左大臣光永