第九十段 大納言法印の召し使ひし乙鶴丸
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大納言法印の召し使ひし乙鶴丸、やすら殿といふ者を知りて、常に行き通ひしに、或時出でて帰り来たるを、法印、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿のがりまかりて候」と言ふ。「そのやすら殿は、男か法師か」と又問はれて、袖かきあはせて、「いかが候ふらん。頭(かしら)をば見候はず」と答へ申しき。などか頭ばかりの見えざりけん。
口語訳
大納言法印が召し使っていた乙鶴丸が、やすら殿という者とねんごろになって、常に行き通っていた所、ある時乙鶴丸が外出して帰ってきたのを、法印が「どこへ行ってきたのだ」と質問すると、「やすら殿の所へ行って参りました」と言う。「そのやすら殿は、俗人か法師か」とまた質問されて、袖をすり合わせて、「どうでしょうか。頭を見ませんでした」とお答えした。どうして頭だけ見えなかったのだろう。
語句
■大納言法印 大納言の子で法印となった人。誰を指すかは未詳。円伊(第八十六段)・道我(第百六十段)・隆弁(第二百十六段)が候補。特定できない。 ■乙鶴丸 未詳。 ■やすら殿 伝未詳。安良と書くか。乙鶴丸を寵愛していた者と思われる。 ■知りて ねんごろになって。 ■がり ~の許。その人のいる所。 ■男 「法師」に対する俗人の意味。 ■袖かきあはせて かしこまる様子。
メモ
●男色関係。後ろから犯された。
●「き」兼好が直接見聞きした場面
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