第五十三段 是も仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、

■『徒然草』朗読音声の無料ダウンロード
■【古典・歴史】メールマガジン
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル

是も仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、各(おのおの)あそぶ事ありけるに、酔ひて興に入るあまり、傍(かたわら)なる足鼎(あしがなえ)を取りて、頭(かしら)にかづきたれば、つまるやうにするを、鼻をおし平めて、顔をさし入れて舞ひでたるに、満座興に入る事かぎりなし。

しばしかなでて後、抜かんとするに、大方(おおかた)抜かれず。酒宴ことさめて、いかがはせんと惑ひけり。とかくすれば、頸(くび)のまはりかけて血たり、ただ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らんとすれど、たやすく割れず、響きて堪へがたかりければ、かなはで、すべきやうもなくて、三足(みつあし)なる角(つの)の上に、帷子(かたびら)をうちかけて、手をひき杖をつかせて、京なる医師(くすし)のがり、率(ゐ)て行きける道すがら、人のあやしみ見る事かぎりなし。

医師のもとにさし入りて、向ひゐたりけんありさま、さこそ異様(ことよう)なりけめ。ものを言ふもくぐもり声に響きて聞えず。「かかることは文(ふみ)にも見えず、伝へたる教へもなし」と言へば、又仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、枕上(まくらがみ)に寄りゐて泣き悲しめども、聞くらんとも覚えず。

かかるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらん。ただ力を立てて引き給へ」とて、藁のしべをまはりにさし入れて、 かねを隔てて、頸もちぎるばかり引きたるに、耳鼻かけうげながら抜けにけり。 からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。

▼音声が再生されます▼

口語訳

これも仁和寺の法師、童が剃髪して僧になる名残ということで、皆で遊ぶ事があったところ、酔って興が乗るあまりに、そばにあった足鼎を取って頭にかぶったところ、つまるような感じであったので、鼻を押して平たくして、顔をさし入れて舞い踊りはじめた所、一座の者はみな大いに盛り上がった。

しばらく舞い踊ってから、抜こうとした所、まったく抜けない。酒宴の場はすっかり興ざめして、どうしようと、困った。あれこれしている内に、首のまわりが傷ついて血が出てきた。首じゅう腫れに腫れて、息もつまったので、打ち割ろうとするが、簡単に割れない。響いて我慢できないので、思うようにならず、どうしようもないので、鼎の三本の足が角のように突き出ている上に、帷子をかけて、手を引き杖をつかせて、京都の医者のもとに、連れて行く道すがら、人が怪しんで見ることは並々でなかった。

医者のもとに入って、向かい合ったその様子は、さぞかし異様だったろう。ものを言うもくぐった声に響いて聞こえない。

「このようなことは医学書でも見たことが無い。伝え聞いた治療法も無い」と言ったので、又仁和寺に帰って、親しき者、年老いた母など、枕元に寄って座って泣き悲しむけれど、聞いているだろうとも思えない。

そうこうしている内に、ある者が言うことに、「たとえ耳や鼻が切れて失われても、命ばかりはどうして失われることがあろう。ひたすら力を入れて引っ張りなさい」と言って、藁しべを首のまわりにさし入れて、金属を隔てて、頸もちぎれるばかりに引いた所、耳と鼻は欠けてしまったものの、抜けた。危険な一命を取り留めて、僧は長く病にかかっていたと聞く。

語句

■童 稚児。 ■法師にならんとする… 稚児姿をあらため、剃髪し一人前の僧になること。 ■足鼎 三足の金属製器具。湯を沸かしたりした。ここで使われたのは実用のものではなく装飾用器具か。 ■奏でる 舞を舞うこと。 ■ことさめて 興ざめして。 ■かなはで 思い通りにならなくて。 ■三足なる角  鼎をさかさまにしてかぶっているので、足が三本、角のように出ている。 ■帷子 裏をつけない衣類の総称。また几帳などの隔てに垂らす布。 ■がり 「かあり(処在)」の約。その人のいる所。 ■枕上 枕元。 ■藁のしべ わらしべ。■かけうぐ 欠け穿ぐ。欠けて穴が開くこと。 ■からき命 危険な命。からくも一命を取り留めたこと。

メモ

■笑い話のようだが最後はグロい。

朗読・解説:左大臣光永

■『徒然草』朗読音声の無料ダウンロードはこちら
■【古典・歴史】メールマガジン
【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル