【若紫 06】源氏、紫の上の素性をきき、僧都に後見を申し出る

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原文

僧都、世の常なき御物語、後の世のことなど聞こえ知らせたまふ。わが罪のほど恐ろしう、あぢきなきことに心をしめて、生けるかぎりこれを思ひなやむべきなめり、まして後の世のいみじかるべき、思しつづけて、かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、「ここにものしたまふは誰にか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる」と聞こえたまヘば、うち笑ひて、「うちつけなる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察大納言《こあぜちのだいなごん》は、世になくて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。かの按察隠れて後、世を背きてはべるが、このごろわづらふ事はベるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠りてものしはべるなり」と聞こえたまふ。

「かの大納言の御《み》むすめ、ものしたまふと聞きたまへしは。すきずきしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と、推しあてにのたまへば、「むすめただ一人《ひとり》はべりし。」亡《う》せてこの十余《よ》年にやなりはべりぬらん。故大納言、内裏《うち》に奉らむなど、かしこういつきはべりしを、その本意《ほい》のごとくもものしはべらで、過ぎはべりにしかば、ただこの尼君ひとりもてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮《ひやうぶきやうのみや》なむ、忍びて語らひつきたまへりけるを、もとの北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れものを思ひてなん、亡くなりはべりにし。もの思ひに病《やまひ》づくものと、目に近く見たまへし」など申したまふ。

さらば、その子なりけり、と思しあはせつ。親王《みこ》の御筋にて、かの人にも通ひきこえたるにやと、いとどあはれに、見まほし。人のほどもあてにをかしう、なかなかのさかしら心なく、うち語らひて心のままに教へ生《お》ほし立てて見ばや、と思す。「いとあはれにものしたまふことかな。それはとどめたまふ形見もなきか」と、幼かりつる行《ゆ》く方《へ》の、なほたしかに知らまほしくて、問ひたまへば、「亡くなりはべりしほどにこそはべりしか。それも女にてぞ。それにつけてもの思ひのもよほしになむ、齢《よはひ》の末に思ひたまへ嘆きはべるめる」と聞こえたまふ。さればよ、と思さる。

「あやしきことなれど、幼き御後見《うしろみ》に思すべく聞こえたまひてんや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心のしまぬにやあらん、独り住みにてのみなむ。まだ似げなきほどと、常の人に思しなずらへて、はしたなくや」などのたまへば、「いとうれしかるべき仰せ言なるを、まだむげにいはけなきほどにはべるめれば、戯《たはぶ》れにても御覧じがたくや。そもそも女人は、人にもてなされて大人にもなりたまふものなれば、くはしくはえとり申さず。かの祖母《おば》に語らひはべりて聞こえさせむ」と、すくよかに言ひて、ものごはきさましたまへれば、若き御心に恥づかしくて、えよくも聞こえたまはず。「阿弥陀仏《あみだぼとけ》ものしたまふ堂に、する事はべるころになむ。初夜《そや》いまだ勤めはべらず。過ぐしてさぶらはむ」とて、上《のぼ》りたまひぬ。

現代語訳

僧都は、人の世の無常であることについての御物語や、後世のことなどを源氏の君にお話申し上げる。源氏の君はご自分の罪の深いことが恐ろしく、自分ではどうしようもないこと(藤壺への恋慕)で心がいっぱいになり、生きているかぎりこのことを思い悩むことになるだろう、まして後世は、どんなに苦しいことになるに違いないと思いつづけられて、このような俗世から離れた草庵のくらしもしたいと思われるが、その一方で、昼の面影が心にかかって恋しいので、

(源氏)「ここにお住まいなのはどなたですか。尋ね申したいという夢を見ましたことですよ。今日、ここに来て、思い当たりました」と申し上げなさると、僧都は笑って、「とつぜんの御夢語りでございますな。お尋ねになられましても、がっかりなさるに違いませんよ。故按察使大納言は、亡くなって久しくなりましたので、ご存知でありますまい。その北の方というのが、拙僧の妹でございます。その按察使が亡くなって後、出家しましたが、最近、病をわずらう事がございますので、このように私が京にも出ないので、頼みの住みかにして、籠もって住んでいるのでございます」と申し上げる。

(源氏)「その大納言の御息女がいらっしゃるとうかがっているのですが、どうなのですか。これは浮ついた方面のことではなく、まじめに申し上げるのです」と、当て推量に仰せになると、(僧都)「むすめはただ一人ございました。亡くなってここ十余年になりますでしょうか。故大納言は、宮中に入内させようなど、たいそう大切に育ててございましたが、その望みのようにはいきませんで、大納言は亡くなってしまいましたので、ただこの尼君ひとりで世話してございますうちに、誰のしわざでしょうか、兵部卿宮がお忍びでねんごろな関係になられたのですが、兵部卿宮のもとの北の方は、高貴な御方であったこともあり、娘には気が休まらないことが多く、明け暮れ物思いに沈んで、亡くなってしまいました。もの思いから病にかかるるものだと、目に近く見ましたことです」など申し上げる。

それなら、その大納言の娘の子だったのかと、源氏の君はお思い当たりになられた。親王の御血筋から、あの方にも似ておいでになるのかと、たいそうしみじみと心惹かれて、あの少女に逢いたく思われる。

人柄も気品があり美しく、なまじの利口ぶった心もなく、親しい関係になって心のままに教え育てて、妻にしたいと、源氏の君は思われる。

(源氏)「たいそうしみじみとおいたわしいことですね。その方は残した形見の御子もないのですか」と、幼かったあの少女の行く先が、やはりはっきりお知りになりたくて、ご質問になると、(僧都)「亡くなりましたのと同じ時期に生まれました。それも女の子でございまして。それにつけても、心配をかきたてられることで、後先短くなったことを思いまして嘆いているような次第です」と申し上げなさる。それだと、源氏の君は思われる。

(源氏)「変な話ですが、幼い人の御後見人と私のことを思ってくださるよう、尼君に申し上げてくださいませんか。思う心あって、行って関係をもっている者(葵の上)もございますが、まったく心があわないというのでしょうか、一人暮らしばかりしております。まだ不似合いな年齢だからと、世間並の人と私を同列にお考えになって、私、ばつの悪い思いをしなければならないのでしょうか」などおっしゃると、(僧都)「うれしいにちがいない仰せ言ですが、まだひどく幼い年頃でございますから、戯れにでも御覧になることは難しいでしょう。いったい女人は、人に世話されて大人にもなられるものですので、私は詳しくは扱い申すことができません。あの祖母に相談しまして申し上げさせましょう」と、素っ気なく言って、堅苦しいさまをなさるので、源氏の君は、若い御心に恥ずかしくて、よく返事も申し上げることがおでにならない。(僧都)「阿弥陀仏のいらっしゃるお堂で、お勤めをする時間でございます。初夜をまだ勤めてございません。すませてから、また参ります」といって、僧都は、阿弥陀堂にお上がりになった。

語句

■わが罪 帝の寵姫である藤壺に心惹かれていること。 ■あぢきなきこと どうやっても仕方ないこと。源氏が藤壺に心惹かれていること。源氏はそれを罪と思いながら、どうにも溢れ出す藤壺への恋心を自分でも止めることができない。 ■かうやうなる住まひ 出家して俗世から離れた草庵の暮らし。 ■夢を見たまへしかな 夢のお告げにかこつけて少女のことを聞き出そうとする。『伊勢物語』六十三段の影響がみられる。老女が、夢の話にかこつけて三人の息子たちに自分が出会いを欲していることを語る、「九十九髪」。 ■按察使大納言 按察使と大納言を兼任する者。按察使は奈良時代養老三年(719)設置の地方監察官。平安時代には陸奥・出羽按察使のみが残り形骸化していた。 ■語らひつく 男女が親密な、昵懇な関係になること。 ■兵部卿宮 藤壺の兄宮。後の式部卿宮。つまり藤壺と紫の上は叔母と姪の関係になる。 ■雨夜の品定の左馬頭の長い論評の中に「ただひたぶるに児めきて柔らかなる人を、とかくひきつくろひては、などか見ざらん」とあった(【帚木 03】)。 ■行きかかづらふ方 行って関わる相手。左大臣の娘、葵の上のこと。 ■世に 下に否定語をともなって「まったく~ない」。 ■似げなき 「似げなし」は、不似合い。紫の上がまだ結婚には幼なすぎること。 ■すくよかに 「すくよか」はそっけない。無愛想。無骨。心がしっかりしている。 ■ものごはきさま 堅苦しいさま。 ■初夜 一日を晨朝(じんじょう)・日中・日没・初夜・昼夜・後夜の六時にわけて、それぞれの時に念仏などのお勤めをした。初夜は戌の刻(午後8時頃)。

朗読・解説:左大臣光永

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