【葵 03】朝顔の姫君の心遣い 葵の上の懐妊

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原文

かかることを聞きたまふにも、朝顔の姫君は、いかで人に似じ、と深う思《おぼ》せば、はかなきさまなりし御返りなどもをさをさなし。さりとて、人憎くはしたなくはもてなしたまはぬ御気色を、君も、なほことなりと、思しわたる。

大殿《おほとの》には、かくのみ定めなき御心を心づきなしと思せど、あまりつつまぬ御気色《けしき》の言ふかひなければにやあらむ、深うも怨《ゑ》じきこえたまはず。心苦しきさまの御心地に悩みたまひてもの心細げにおぼいたり。めづらしくあはれと思ひきこえたまふ。誰《たれ》も誰もうれしきものからゆゆしう思して、さまざまの御つつしみせさせたてまつりたまふ。かやうなるほど、いとど御心の暇《いとま》なくて、思しおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。

現代語訳

このようなことをお聞きになるにつけても、朝顔の姫君は、どうしてもご自分は六条御息所と同じことにはなるまいと、深く思われるので、つれない様子だった御返事なども、今はほとんどなさらない。

そうかとてって、面白くない、間の悪くこちらが思うようなそぶりをされるのでもないご様子を、源氏の君も、
やはり他の女性とは違うと、ずっと思っておられる。

左大臣家の女君(葵の上)は、このようにひどく落ち着かない源氏の君の御心を不愉快に思われるが、源氏の君があまりにも包み隠さないご様子であるので言ってもかいのないことだからだろうか、深くお恨み申すこともない。

女君(葵の上)は、おいたわしげにおわずらいになって(妊娠して)いらして、なんとなく心細そうにしていらっしゃる。

源氏の君は、葵の上の懐妊を、珍しく、しみじみと愛しいことと思い申し上げなさる。

誰も彼も嬉しくはあるが、一方では不吉な場合もお考えになって、さまざまの御物忌などをさせ申し上げなさる。

源氏の君は、このような時期であったので、ひどく御心の休まる暇がなくて、六条御息所のことを粗略に思い申してたわけではないが、訪れも遠のきがちであったろう。

語句

■かかること 源氏と六条御息所のぎくしゃくした関係。 ■朝顔の姫君 桃園式部卿の姫君。若き日の源氏(17歳?)が朝顔の花にことよせた歌を贈った(【帚木 12】)。 ■心苦しきさまの御心地に悩みたまひて 懐妊していること。 ■さまざまの御物忌 安産祈願のための物忌。

朗読・解説:左大臣光永

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