【賢木 05】斎宮と御息所、野宮を出発 源氏と斎宮、歌の贈答

原文

十六日、桂川にて御祓《はらへ》したまふ。常の儀式にまさりて、長奉送使《ちやうぶそうし》など、さらぬ上達部《かけだちめ》も、やむごとなくおぼえあるを選《え》らせたまへり。院の御心寄せもあればなるべし。
出でたまふほどに、大将殿より例の尽きせぬことども聞こえたまへり。「かけまくもかしこき御前に」とて、木綿《ゆふ》につけて、「鳴る神だにこそ、

八洲《やしま》もる国つ御神もこころあらば飽かぬわかれのなかをことわれ

思うたまふるに、飽かぬ心地しはべるかな」とあり。いと騒がしきほどなれど、御返りあり。宮の御《おほん》をば、女別当《にょべたう》して書かせたまへり。

国つ神空にことわるなかならばなほざりごとをまづやたださむ

大将は、御ありさまゆかしうて、内裏《うち》にも参らまほしく思せど、うち棄てられて見送らむも、人わろき心地したまへば、思しとまりて、つれづれにながめみたまへり。宮の御返りのおとなおとなしきを、ほほ笑みて見ゐたまへり。御年のほどよりはをかしうもおはすべきかな、とただならず。かうやうに、例に違《たが》へるわづらはしさに、必ず心かかる御癖にて、「いとよう見たてまつりつべかりし、いはけなき御ほどを、見ずなりぬるこそねたけれ。世の中定めなければ、対面《たいめ》するやうもありなむかし」など思す。

現代語訳

十六日、桂川で御祓をなさる。いつもの儀式よりもまさって、長奉送使《ちょうぶそうし》など、それ以外の上達部も、身分高く、名声のある人々をお選びあそばせている。桐壺院の御心添えもあったからだろう。

斎宮御一行がご出発にな時、大将殿(源氏の君)からいつものように尽きることないさまざまな思いを申し上げなさる。

「口にのぼらせるのも畏れ多い御前に」と木綿に結びつけて、(源氏)「鳴る神でさえ、思い合う仲を裂くことはないといいますのに、

八洲もる…

(日本国を守る国つ神も心あるならば、尽きぬ思いで別れねばならない二人の仲をお裁きください)

考えますに、尽きない気持ちがいたしますよ」とある。ひどく騒がしい時だが、御返事がある。斎宮の御歌は、女別当に書かせなさる。

(斎宮)国つ神…

(国つ神が空から御二人の仲をお裁きになるなら、あなたの真心のない言葉をまずお咎めになるでしょう)

大将(源氏の君)は、斎宮下向の別れの儀式を見たいとお思いになって、宮中にも参られたく思われたが、うち捨てられて見送るのも、人聞きが悪いお気持ちがなさるので、思いとどめて、ぼんやりと物思いにふけっていらした。

斎宮の御返事の大人びていらっしゃるのを、源氏の君はほほ笑んで御覧になる。御年のわりには情緒を心得ていらっしゃるものだな、とただならず御心を動かされる。
このように、源氏の君は、普通でない面倒な事情をもった女性にこそ、必ず心ひかれる御癖であるので、(源氏)「いくらでも好きに拝見することができた、幼い頃の斎宮を、拝見しなかったことは残念であるよ。世の中は不定なものだから、いつか対面するようなこともあるだろう」などお思いになる。

語句

■十六日 伊勢下向(群行)の日は、野宮を出発して、桂川で祓を行い、宮中で儀式をしてから伊勢へ向かう。史実で母が娘の斎宮につきそった、規子内親王の例も十六日。 ■長奉送使 斎宮につきそって伊勢に下る勅使。 ■院の御心寄せ 桐壺院が御息所母娘に深いお気遣いをなさっていたさまは以前描かれている(【葵 02】【葵 19】)。 ■木綿 ゆふ。楮《こうぞ》の皮をはいで、その繊維を紐状に裂いたもの。白い。神事において、幣帛として神に捧げる。 ■かけまくもかしこき 神事にことよせて、祝詞の冒頭の言葉をもじる。 ■鳴る神だにこそ 「天の原ふみとどろかし鳴る神も思ふなかをばさくるものかは」(古今・恋四 読人しらず)。「鳴る神」は電光を発して大きな音を鳴らす神。火雷神。 ■八洲もる… 「八洲」は八つの島で、日本国のこと。「国つ神」は「天つ神」に対する地上の神で、ここでは斎宮のこと。 ■女別当 斎宮寮の長官(別当)には男女一人ずつがなる。その女のほう。 ■御ありさま 宮中における斎宮下向の別れの儀式のさま。 ■うち棄てられて見送らむも 源氏と御息所の関係は世間に知れ渡っている。今回の伊勢下向は、源氏が棄てられて、御息所が棄てた形になる。その醜態を世間にさらすのはばつが悪い。 ■世の中定めなければ 伊勢の斎宮は天皇が崩御・譲位して代替わりすると新たに卜定によって選ばれる。だからこの斎宮が都にもどってきて私と逢うこともありうると、源氏はひそかに期待する。

朗読・解説:左大臣光永