【賢木 13】左大臣家の不遇 源氏、昔に変わらず左大臣邸へ通う

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原文

左の大殿《おほいどの》も、すさまじき心地したまひて、ことに内裏《うち》にも参りたまはず。故姫君を、ひき避《よ》きてこの大将の君に聞こえつけたまひし御心を、后は思しおきて、よろしうも思ひきこえたまはず。大臣《おとど》の御仲も、もとよりそばそばしうおはするに、故院の御世にはわがままにおはせしを、時移りて、したり顔におはするを、あぢきなしと思したる、ことわりなり。

大将は、ありしに変らず渡り通ひたまひて、さぶらひし人人をも、なかなかにこまかに思しおきて、若君をかしづき思ひきこえたまへること限りなければ、あはれにありがたき御心と、いとどいたつききこえたまふことども、同じさまなり。限りなき御おぼえの、あまりもの騒がしきまで暇《いとま》なげに見えたまひしを、通ひたまひし所どころも、かたがたに絶えたまふことどもあり、軽々しき御忍び歩きも、あいなう思しなりて、ことにしたまはねば、いとのどやかに、今しもあらまほしき御ありさまなり。

現代語訳

左大臣殿も、面白くないお気持ちになられて、べつだん参内もなさらない。故姫君(葵の上)を、東宮(朱雀帝)を避けて、この大将の君(源氏の君)に託された左大臣殿の御心を、大后は根に持っていらして、よくはお思いにならない。

左右の大臣の御仲も、もともとよそよそしくあられたが、故院の御代には左大臣殿はご自分がやりたいようにしていらしたが、時勢が変わって、今度は右大臣殿が得意顔でいらっしゃるのを、面白くないとお思いになるのは、当然である。

大将(源氏の君)は、昔と変わらず左大臣邸へお通いになって、亡き姫君(葵の上)にお仕えしていた女房たちをも、かえって以前よりもこまかに指図なされて、若君(夕霧)をどこまでも大事にしてお可愛がり申し上げなさるので、左大臣殿は、しみじみと嬉しくありがたい源氏の君の御心と、とても感謝しお労りになられることなども、前々と同じようすである。

かつては院の限りもないご寵愛から、あまりに忙しすぎるまでに暇もなさそうにお見えであったのに、今はお通いになられた所々も、方々で訪れることが途絶えなさって、軽々しい御忍び歩きも、そぐわないお気持ちになられるので、特にそうした御忍び歩きもなさらず、とてものんびりと、権勢がおとろえた今こそ、源氏の君はかえって理想的な過ごし方をされているのである。

語句

■すさまじき 「すさまじ」は不愉快であること。面白くないこと。 ■故姫君をひき避きて 左大臣はかつて、故姫君を東宮后にほしいという要望を退けている(【桐壺 14】)。 ■なかなかにこまかに思しおきて 葵の上が亡くなり左大臣家が気持ちが離れそうなところ、源氏はかえって葵の上つきの女房たちに以前よりも細かに気を遣うようになった。単なる浮気者とはちがう、源氏の情に篤いところが出ている。 ■あらまほしき御ありさま 世俗と交渉を断って、のんびり暮らすことが源氏の理想。出家隠遁への思いとも重なる。

朗読・解説:左大臣光永

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