【須磨 09】源氏、東宮に別れの挨拶をする 人々、源氏の悲運を嘆く

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原文

明けはつるほどに帰りたまひて、春宮にも御消息聞こえたまふ。王命婦《わうみやうぶ》を御かはりにてさぶらはせたまへば、その局にとて、「今日なん都離れはべる。また参りはべらずなりぬるなん、あまたの愁へにまさりて思うたまへられはべる。よろづ推しはかりて啓したまへ。

いつかまた春のみやこの花を見ん時うしなへる山がつにして」

桜の散りすぎたる枝につけたまへり。「かくなむ」と御覧ぜさすれば、幼き御心地にも、まめだちておはします。「御返りいかがものしはべらむ」と啓すれば、「しばし見ぬだに恋しきものを、遠くはましていかに、と言へかし」とのたまはす。ものはかなの御返りやと、あはれに見たてまつる。あぢきなき事に御心をくだきたまひし昔のこと、をりをりの御ありさま、思ひつづけらるるにも、もの思ひなくて我も人も過ぐいたまひつべかりける世を、心と思し嘆きけるを、悔しう、わが心ひとつにかからむことのやうにぞおぼゆる。御返りは、「さらに聞こえさせやりはべらず。御前には啓しはべりぬ。心細げに思しめしたる御気色もいみじくなむ」と、そこはかとなく、心の乱れけるなるべし。

「咲きてとく散るはうけれどゆく春は花の都を立ちかへりみよ

時しあらば」と聞こえて、なごりもあはれなる物語をしつつ、一宮《ひとみや》の内忍びて泣きあへり。一目も見たてまつれる人は、かく思しくづほれぬる御ありさまを、嘆き惜しみきこえぬ人なし。まして常に参り馴れたりしは、知りおよびたまふまじき長女《をさめ》、御厠人《みかはやうど》まで、ありがたき御かへりみの下なりつるを、しばしにても見たてまつらぬほどや経むと、思ひ嘆きけり。

おほかたの世の人も、誰《たれ》かはよろしく思ひきこえん。七つになりたまひしこのかた、帝の御前に夜昼さぶらひたまひて、奏したまふことのならぬはなかりしかば、この御いたはりにかからぬ人なく、御徳を喜ばぬやはありし。やむごとなき上産部弁官などの中にも多かり。それより下《しも》は数知らぬを、思ひ知らめにはあらねど、さしあたりて、いちはやき世を思ひ憚りて、参り寄るもなし。世ゆすりて借しみきこえ、下には朝廷《おほやけ》をそしり恨みたてまつれど、身を棄ててとぶらひ参らむにも、何のかひかはと思ふにや。かかるをりは、人わろく、恨めしき人多く、世の中はあぢきなきものかなとのみ、よろづにつけて思す。

現代語訳

夜がすっかり明けてしまうころに二条院にお帰りになって、東宮にもご挨拶を申し上げなさる。藤壺宮は、王命婦を御代理として東宮のおそばにお仕えさせていらっしゃるので、その部屋にといって、(源氏)「今日都を離れます。もう一度参上できずじまいとなりますことが、あらゆる愁いよりまして気がかりなことでございます。万事、ご推察して東宮に申し上げてください」

いつかまた…

(いつかまた春の都の花を見ましょう。時勢に見放された山賤の身で)

桜の花の散り過ぎている枝にこの歌をおつけになる。「このように」とお目にかけると、東宮は幼い御心にも、真剣にしていらっしゃる。

(王命婦)「御返事はどうしたしましょう」と申し上げると、(東宮)「しばらく見ないのさえ恋しいのに、遠く離れるとあってはましてどれだけ…と言っておくれ」と仰せになる。

「あっけない御返事だこと」と、王命婦はしみじみ悲しく源氏の君を拝見する。

王命婦は、源氏の君が無益なことに御心をくだきなされた昔のこと、折々のご様子が、自然と思いつづけられるにつけても、何の気苦労もなく君ご自身も、東宮も、世の中をお過ごしになれたはずであったのに、自らお求めになって苦しい思いをされたことを、自分の心ひとつのためにこうしたことになったように後悔の念にさいなまれている。

御返事は、(命婦)「あらためて申し上げることもございません。東宮の御前にお言葉は申し上げました。心細そうに思い沈んでいらっしゃるご様子もたいそうお気の毒で…」

と、とりとめなく書いてあるのも、動揺していたからであろう。

(命婦)「咲きてとく…

(花が咲いてすぐに散ってしまうのは残念ですが、「ゆく春」であるあなたは、いつか立ち返って、花の都を見てください)

時がまた巡ってきたら…」と申し上げて、その後もしみじみ心にしみる物語をしつつ、御殿の内じゅう、忍び泣きに泣きあっている。

源氏の君を一目でも拝見した人は、このように思い沈んでいらっしゃる御ようすを、嘆き惜しみ申し上げない人はない。

ましていつも参り馴れている人々は、源氏の君がご存知であろうはずもない下女、御厠人まで、ありがたい御庇護の下にあったのを、しばらくでも源氏の君を拝見しないで過ごせるだろうかと、思い嘆いた。

世間の一般の人々も、誰が源氏の君のご不運をよいことと思い申し上げるだろうか。源氏の君は七つにおなりになってからというもの、帝の御前に夜昼お控えなさって、奏上なさることで実現しないことはなかったので、源氏の君の御庇護に預からない人はなく、君の御徳を喜ばない者があったろうか。

身分高い上達部や弁官の中にも源氏の君のご庇護を受けた者は多いのだ。

それより下の身分の者は数知れぬが、恩義を知らないわけではないが、さしあたって、厳しい世情に気がねして、うかがい参る者もない。

天下をあげて惜しみ申し上げ、陰では朝廷をそしり恨み申し上げるが、わが身を棄ててお見舞い申しても、何のかいがあろうかと思うのだろうか。

このような折は、世間体が悪く、恨めしく思う人が多く、源氏の君は、世の中は嫌なものだなとばかり、万事につけてお思いになる。

語句

■春宮にも御消息聞こえたまふ 源氏は勅勘の身なので直接東宮に参ることはできない。 ■王命婦を御かはりに 藤壺宮が、王命婦を代理人として東宮のもとに置いているのである。この場に藤壺はおらず、以下は王命婦を介した東宮とのやり取り。ただし王命婦は藤壺とともに出家しているはずなので宮中にいるのは不審。作者の誤りか。 ■啓したまへ 「啓す」は皇后・東宮(天皇以外の皇族)に申し上げる。 ■いつかまた… 「春のみやこ」に春宮の盛んなる御世の意をかける。「山がつ」は山に住む炭焼き・木こりなど身分卑しい者。 ■桜の散りすぎたる 「散り透く」ととる説も。 ■幼き御心地にも 東宮は八歳。 ■あぢきなき事 藤壺への恋心。 ■をりをりの御ありさま かつて藤壺と源氏が逢った折々のようす。そのたびに王命婦は近くで見聞きしていた。 ■心と 自ら求めて。源氏が藤壺への求愛に没頭していったことをさす。 ■悔しう 「おぼゆる」にかかる。 ■わが心ひとつに 王命婦は源氏と藤壺の密会の手引をした。そのためこんな不運を招いたと、責任を感じているのである。 ■そこはかとなく 下に「書けり」を省略。 ■咲きてとく 「ゆる春」は源氏。「光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る物思ひもなし」(古今・雑下 清原深養父)。 ■なごりもあはれなる物語をしつつ 返事を書いた気分が後に引きずって、しみじみ心にしみる物語をした。 ■一宮 東宮御所全体。 ■長女 をさめ。「長」は年長者の意かもしくは頭の意。 ■御厠女 みかやうど。便器の掃除をする下級の女官。 ■七つになりたまひしこのかた 「今は内裏にのみさぶらひたまふ。七つになりたまへば、読書始などせさせたまひて」(【桐壺 10】)。 ■弁官 太政官に属する官名。左右に分かれ、それぞれ大・中・少がある。八省を分担し、太政官内の庶務をつかさどる。 ■いちはやき世 きびしい時勢。右大臣方の権勢盛んであること。 ■世ゆすりて 天下をあげて。「廿五六日のほどに、西の宮の左大臣、ながされたまふ。見たてまつらむとて、天の下ゆすりて、西の宮へ人走りまどふ」(『蜻蛉日記』中)。

朗読・解説:左大臣光永

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