【須磨 14】六条御息所との交流 花散里への配慮

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原文

まことや、騒がしかりしほどの紛れに漏らしてけり。かの伊勢の宮へも御使ありけり。かれよりもふりはへたづね参れり。浅からぬことども書きたまへり。言の葉、筆づかひなどは、人よりことになまめかしく、いたり深う見えたり。「なほ現《うつつ》とは思ひたまへられぬ御住まひを承るも、明けぬ夜の心まどひかとなん。さりとも、年月は隔てたまはじと、思ひやりきこえさするにも、罪深き身のみこそ、また聞こえさせむこともはるかなるべけれ。

うきめ刈る伊勢をの海人《あま》を思ひやれもしほたるてふ須磨の浦にて

よろづに思ひたまへ乱るる世のありさまも、なほいかになりはつべきにか」と多かり。

伊勢島や潮干《しほひ》の潟《かた》にあさりてもいふかひなきはわが身なりけり

ものをあはれと思しけるままに、うち置きうち置き書きたまへる、白き唐《から》の紙四五枚ばかりをまき続けて、墨つきなど見どころあり。

あはれに思ひきこえし人を、一ふしうしと思ひきこえし心あやまりに、かの御息所《みやすどころ》も思ひうむじて別れたまひにしと思せば、今にいとほしうかたじけなきものに思ひきこえたまふ。をりからの御文、いとあはれなれば、御使さへ睦《むつ》ましうて、二三日《ふつかみか》据《す》ゑさせたまひて、かしこの物語などせさせて聞こしめす。若やかに、けしきあるさぶらひの人なりけり。かくあはれなる御住まひなれば、かやうの人も、おのづからもの遠からでほの見たてまつる御さま容貌《かたち》を、いみじうめでたしと涙落しをりけり。

御返り書きたまふ。言の葉思ひやるべし。「かく世を離るべき身と、思ひたまへましかば、おなじくは慕ひきこえましものをなどなむ。つれづれと心細きままに、

伊勢人の波の上こぐ小舟《をぶね》にもうきめは刈らで乗らましものを

海人がつむ嘆きの中にしほたれていつまで須磨の浦にながめむ

聞こえさせむことの、何時《いつ》ともはべらぬこそ、尽きせぬ心地しはべれ」などぞありける。かやうに、いづこにもおぼつかなからず聞こえかはしたまふ。

花散里も、悲しと思しけるままに、かき集めたまへる御心ごころ見たまふ。をかしきも、目馴れぬ心地して、いづれもうち見つつ慰めたまへど、もの思ひのもよほしぐさなめり。

荒れまさる軒のしのぶをながめつつしげくも露のかかる袖かな

とあるを、げに葎《むぐら》よりほかの後見《うしろみ》もなきさまにておはすらん、と思しやりて、長雨に築地《ついぢ》所どころ崩れてなむと聞きたまヘば、京の家司《けいし》のもとに仰せつかはして、近き国々の御庄《みさう》の者など催《もよほ》させて、仕うまつるべきよしのたまはす。

現代語訳

そうそう、いろいろ騒がしかった間に、ほかの事に紛れて書き漏らしてしまった。

あの伊勢の宮(六条御息所)へも源氏の君から御使があった。先方からもわざわざ御使がたずねて参った。並々ならぬさまざまな思いをお書きになっていた。文章、筆づかいなどは、人より格別に優美で、たいそうたしなみ深く察せられる。

(御息所)「やはり現実のこととは思えません貴方様の今のお住まいのお話をうかがうにつけ、無明長夜の闇に迷っているのかと存じます。そうはいっても、都に戻ってこれるまでそう何年もかかりますまいと、ご推察申し上げますが、罪深い私のこの身ばかりは、もう一度お逢いしてお話申し上げることもはるか先になりそうです」

うきめ刈る…

(浮草を刈る伊勢の海人のように、辛い目に逢っている私を思いやってください。「藻塩たる」という須磨の浦で)

万事、心配な世のありさまも、これから先どうなってしまうのでしょうか」と、さまざまな事が書いてある。

(御息所)伊勢島や…

(伊勢の潮が干いた潟で貝拾いをしても貝がないように、言ってもかいのないわが身なのでした)

しみじみと悲しく思われるままに、筆を置いては書き、置いては書かれたお手紙は、白い唐の紙四五枚ばかりを継いで巻紙にして、墨の濃淡の具合なども見事なものだ。

「愛しく思い申し上げていた人を、あの一件でいとわしいと思い申し上げた私の心得違いのため、あの御息所もご不快に思われてお別れになったのだ」と源氏の君はお思いになると、今だに愛しくももったいなくも思い申し上げなさる。

そんな折も折のお手紙で、まことに心にしみるので、御息所からの御使の者までも仲睦まじくなさって、ニ三日留め置きなさって、伊勢のお話などおさせになってお聞きになる。

若々しく、風情ある侍人なのだった。このように侘しい御住まいなので、こういった人も、自然と源氏の君を近くでほんの少し拝見する機会もあるのだが、その御ようす、お顔だちを、たいそうすばらしいと、涙を落として控えているのだった。

源氏の君は御息所にお返事をお書きになる。その文面はご推察されよ。(源氏)「こうして世を離れるべく定められていた身であったと思いますと、同じことなら貴女をお慕いしてまいるのでしたのに。所在なく心細いのにまかせて、

(源氏)伊勢人の…

(伊勢人が波の上をこぎわたる小舟に、浮草は刈らずに乗っていたいものでしたのに=辛い目を見ずに過ごしたいものでしたのに)

海人がつむ…
(海人が積む投げ木(薪)=嘆きの中で涙にぐっしょり濡れて、いつまで須磨の浦で物思いにふけっていればよいのでしょう)

お逢いしてお話し申し上げることが何時ともわからないことが、果てしなく辛く思えます」などと書いてある。

このように源氏の君は、どこに対しても先方が心配せぬようにお手紙のやり取りをなさる。

花散里の邸でも、悲しいとお思いのままに、あれこれ書き集めなさったさまざまな御心を源氏の君はご覧になる。

情緒のあるお手紙も、珍しい気がして、何度もご覧になっては御心をお慰めになるが、それがかえって、もの思いをかきたてる種ともなるようだ。

(花散里)荒れまさる…

(日に日に荒れていく軒端の忍ぶ草をながめつつ、貴方を思い出して、涙の露が袖にぐっしょりとかかっております)

とあるのを、「なるほど葎の他に世話をしてくれる人もない有様でいらっしゃるのだろう」と源氏の君はお気をつかいなさって、さらに長雨で築地が所々崩れてとお聞きになると、京の家司のもとにお命じになって、近くの国々の御荘園の者などに催促させて、修理をしてあげるよう仰せになる。

語句

■まことや これまで話していた話を中断して話題を変えるとき用いる。 ■伊勢の宮 六条の御息所。娘の斎宮とともに伊勢に下っている。 ■ふりはへ 「ふりはふ」はわざわざ。ことさらに。 ■いたり深う 思慮・経験が深くいきとどいていて。 ■明けぬ夜の心まどひ 無明長夜の闇(けして明けない夜の闇)に迷っているような感覚。 ■罪深き身 斎宮は神に仕える者であり仏事を避ける。それが仏教の側からいうと「罪深い」となる。 ■はるかなるべけれ 斎宮は天皇の代がわり、または斎宮の病気による以外下ることはない。いつ斎宮を下ることになるかわからないということ。 ■うきめ刈る… 「うきめ」は「浮き布(海藻)」と「憂き芽」をかける。「伊勢をの海人」は御息所のこと。「を」は接尾語。「もしほたるてふ」は「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ」(古今・雑下 在原行平)を引く。 ■伊勢島や… 「伊勢島」は「伊勢」に同じ。「あさる」は食物を求める。「かひなき」は「貝なき」と「効なき」をかける。「あさりても」の「も」は強意。 ■唐の紙 模様を押した中国製の高級紙。 ■まき続けて つないで巻物にして。 ■墨つき 墨の濃淡の具合。 ■一ふしうしと思ひきこえし心 六条御息所の生霊が葵の上を取り殺した、その一件により、源氏は御息所を厭わしく思った。 ■かの御息所も思ひうむじて 御息所が娘の斎宮とともに伊勢に下ったこと(【賢木 01】)。 ■かしこの物語 伊勢国の話。 ■かやうの人も 侍のような身分の低い人も。 ■言の葉思ひやるべし 草子文。作者が直接読者に語りかけている。 ■慕ひきこえもしものをなどなむ 下に「思ひはべる」などを省略。 ■伊勢人の… 「伊勢人」は御息所。「伊勢人はあやしき者をや、何ど言《と》へば、小舟に乗りてや、波の上を漕ぐや、波の上を漕ぐや」(風俗歌・伊勢人)。「うきめ」は「憂き目」と「浮き布(浮草)」をかける。「刈らで」は「浮き布」の縁語。 ■海人がつむ… 「すま」は「須磨」と「住ま」をかける。「ながむ」はぼんやりと物思いに沈む。 ■花散里 麗景殿女御邸の、女御とその妹(三の君)。 ■御心ごころ 麗景殿女御のお気持ちと、花散里のお気持ち。 ■目馴れぬ心地 京から遠く離れた須磨の地で手紙を見ているから新鮮な感じがするのである。 ■荒れまさる… 「しのぶ」は忍草。人を「偲ぶ」にかける。「ながめ」は「長雨」と「眺め」をかける。 ■げに葎よりほかの後見も 「忍ぶ草」も「葎」も交配した家の象徴。 ■京の家司 二条院の家政を担当する者。 ■近き国々の御荘の者 京に近い国々の荘園の管理人。 ■のたまはす 「のたまふ」より上位の敬語。

朗読・解説:左大臣光永

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