【須磨 15】朧月夜、帝の寵愛を受けつつも源氏を想う

原文

尚侍《かむ》の君は、人わらへにいみじう思しくづほるるを、大臣《おとど》いとかなしうしたまふ君にて、切《せち》に宮にも内裏《うち》にも奏したまひければ、限りある女御御息所にもおはせず、公《おほやけ》ざまの宮仕と思しなほり、またかの憎かりしゆゑこそ、厳しきことも出で来《こ》しか、赦されたまひて、参りたまふべきにつけても、なほ心にしみにし方ぞあはれにおぼえたまひける。

七月になりて参りたまふ。いみじかりし御思ひのなごりなれば、人のそしりも知ろしめされず、例の上につとさぶらはせたまひて、よろづに怨み、かつはあはれに契らせたまふ。御さま容貌《かたち》もいとなまめかしうきよらなれど、思ひ出づることのみ多かる心の中ぞかたじけなき。御遊びのついでに、「その人のなきこそいとさうざらしけれ。いかにましてさ思ふ人多からむ。何ごとも光なき心地するかな」とのたまはせて、「院の思しのたまはせし御心を違《たが》へつるかな。罪|得《う》らむかし」とて、涙ぐませたまふに、え念じたまはず。「世の中こそ、あるにつけてもあぢきなきものなりけれ、と思ひ知るままに、久しく世にあらむものとなむさらに思はぬ。さもなりなむに、いかが思さるべき。近きほどの別れに、思ひおとされんこそねたけれ。生ける世にとは、げによからぬ人の言ひおきけむ」と、いとなつかしき御さまにて、ものをまことにあはれと思し入りてのたまはするにつけて、ほろほろとこぼれ出づれば、「さりや。いづれに落つるにか」とのたまはす。「今まで御子たちのなきこそさうざうしけれ。春宮を院ののたまはせしさまに思へど、よからぬ事ども出で来《く》めれば、心苦しう」など、世を御心の外《ほか》にまつりごちなしたまふ人々のあるに、若き御心の強きところなきほどにて、いとほしと思したることも多かり。

現代語訳

尚侍の君(朧月夜)は、人の笑い草となったことにたいそう意気消沈しておられたのだが、右大臣はたいそう可愛がっていらっしゃる姫君だから、熱心に大后(弘徽殿大后)にも帝にも奏上なさったので、一定の格式のある女御や御息所でもいらっしゃらなかったのだし、ただ公的な立場として宮仕えしていらしたのだからと、帝はお考えなおしになり、またあの憎むべき一件のせいで厳しい処置ともなったのであるが、尚侍の君は今やお許しを受けて、参内なさるにつけても、やはり心にしみついた源氏の君のことを愛しく思っておられた。

七月になって尚侍の君は参内された。帝の並々でないご寵愛は以前から引き続きで、人のそしりもお気に介されず、いつものようにひしとお側ちかくに寄り添わせなさって、あれこれと恨み言を仰せになり、また一方では心をこめて尚侍の君の将来についてお約束される。

尚侍の君はお顔立ち、お姿はたいそう優雅でお美しいが、源氏の君を思い出してばかりいる心の中は畏れ多いことである。

帝は管弦の遊びの時に、「あの人がここにいないことが、ひどく物足りないことだ。私以上にそう思っている人も多かろう。何事につけても光が失われた心地がするものよ」と仰せになって、(帝)「故院がご遺言あそばした気持を違えてしまったな。私は罪を犯してしまったのだろうな」といって涙ぐまれると、尚侍の君も涙を抑えられないお気持ちにられる。

(帝)「世の中というものは、生きているにつけて、憂きものであるよとわかってくるにつれて、私は長生きできようとはまったく思わない。もし私がそうなったら、貴女はいかが思われるだろうか。近い生き別れよりも悲しんでくれそうもないことが妬ましいよ。『生ける世に』とは、なるほどよからぬ人が言い残したことなのだろう」と、たいそう優しい御ようすで、実にしみじみと深い思いをこめて仰せになるにつけても、尚侍の君はほろほろと涙がこぼれだすので、(帝)「それごらん。どちらのために落ちる涙なのかな」と仰せになる。

(帝)「今まで皇子皇女らが生まれないことが物足りないよ。東宮を後継者にと故院が仰せになった、その通りにしたいとは思うが、よからぬ事がいろいろ起こってくるようだから、心苦しくて…」などと、世を帝の御心と違う形で取り仕切ろうとされる方々があるので、帝は御心に強いところがないお年頃だから、源氏の君のことをお気の毒とお思いになることも多いのだった。

語句

■人わらへ 「人笑われ」と同じ。源氏との密通事件のこと。 ■奏したまひければ 朧月夜の失態を許していただきたい旨を奏上した。 ■御息所 女御・更衣のうちとくに天皇の寵愛を受けている者。もしくは天皇の子を生んだ者。 ■公ざまの宮仕 尚侍(朧月夜)は朝廷に仕える公的な立場であるため処置されたが、それは別に他の男との密通があったためではない。それ自体は男女の情としてよくある話で咎めるほどのことではない、と帝は考え直した。 ■かの憎かりし 源氏と朧月夜の密通の件。 ■いみじかりし御思ひ 朱雀帝が朧月夜をたいそう寵愛していたこと。ここにはじめて見える話。 ■さうざうしけれ 「さうざうし」は「寂寂《さくさくし》し」の穏便。あるべきものが無くて物足りない。 ■いかにましてさ思ふ人多からむ 朧月夜は源氏をいまだに慕っている。朱雀帝はそれを当然と思いつつも妬んでいる。 ■院の思しのたまはせし御心 故桐壺院が朱雀帝に「何事につけても源氏をお世話役と思え」と遺言したこと(【賢木 08】)。 ■さもなりなむに 
私が死んだら。 ■近きほどの別れ 源氏との生別。「近き」は京と須磨の地理上の距離を言い、直前の「久しく世にあらむ」という朱雀帝の場合との対照をなしている。 ■生ける世に 「恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ人は見まくほしけれ」(拾遺・恋一 大伴百世)を引くか。生きている相手だからこそ再会のしがいがある、心惹かれるといったニュアンスか。 ■さりや そら、その通りではないかの意。 ■いづれに 貴女の涙は源氏と私とどちらのために落ちるのかという問い。暗に源氏のためと答えは理解している。 ■春宮を院ののたまはせしさまに 故院が朱雀帝に春宮を養子にするよう遺言したこと(【賢木 23】)。 ■よからぬ事ども 弘徽殿大后らは藤壺方を憎んでいるため。弘徽殿方が東宮の廃太子を画策していたことが橋姫巻に書かれている。 ■まつりごちなしたまふ人々 弘徽殿大后や右大臣。

朗読・解説:左大臣光永