【須磨 20】明石の入道、娘を源氏に進上しようと思う

原文

明石の浦は、ただ這ひ渡るほどなれば、良清朝臣《よしきよのあそむ》、かの入道のむすめを思ひ出でて文などやりけれど、返り事もせず。父の入道ぞ、「聞こゆべきことなむ。あからさまに対面《たいめん》もがな」と言ひけれど、承《う》け引かざらむものゆゑ、行きかかりて、空しく帰らむ後手《うしろで》もをこなるべし、と屈《くん》じいたうて行かず。

世に知らず心高く思へるに、国の内は、守《かみ》のゆかりのみこそは、かしこきことにすめれど、ひがめる心はさらにさも思はで年月を経《へ》けるに、この君かくておはすと聞きて、母君に語らふやう、「桐壺更衣《きりつぼのかうい》の御腹の、源氏の光る君こそ、朝廷《おほやけ》の御かしこまりにて、須磨の浦にものしたまふなれ。吾子《あこ》の御宿世《みすくせ》にて、おぼえぬことのあるなり。いかでかかるついでに、この君に奉らむ」といふ。母、「あなかたはや。京の人の語るを聞けば、やむごとなき御妻《みめ》ども、いと多く持ちたまひて、そのあまり、忍び忍び帝の御妻をさへ過ちたまひて、かくも騒がれたまふなる人は、まさにかくあやしき山がつを、心とどめたまひてむや」と言ふ。腹立ちて、「え知りたまはじ。思ふ心ことなり。さる心をしたまへ。ついでして、ここにもおはしまさせむ」と、心をやりて言ふも、かたくなしく見ゆ。まばゆきまでしつらひ、かしづきけり。母君、「などか、めでたくとも、ものの初めに、罪に当りて流されておはしたらむ人をしも思ひかけむ。さても、心をとどめたまふべくはこそあらめ、戯《たはぶ》れにてもあるまじきことなり」と言ふを、いといたくつぶやく。「罪に当ることは、唐土《もろこし》にもわが朝廷《みかど》にも、かく世にすぐれ、何ごとも人にことになりぬる人の必ずあることなり。いかにものしたまふ君ぞ。故母息所《こははみやすどころ》は、おのかをぢにものしたまひし抜察大納言《あぜちのだいなごん》のむすめなり。いと警策《かうざく》なる名をとりて、宮仕に出だしたまへりしに、国王すぐれて時めかしたまふこと並びなかりけるほどに、人のそねみ重くて亡せたまひにしかど、この君のとまりたまへる、いとめでたしかし。女は心高くつかふべきものなり。おのれ、かかる田舎人なりとて、思し捨てじ」など言ひゐたり。

このむすめすぐれたる容貌《かたち》ならねど、なつかしうあてはかに、心ばせあるさまなどぞ、げにやむごとなき人に劣るまじかりける。身のありさまを、口惜しきものに思ひ知りて、高き人は我を何の数にも思さじ、ほどにつけたる世をばさらに見じ、命長くて、思ふ人々におくれなば、尼にもなりなむ、海の底にも入りなむなどぞ思ひける。父君、ところせく思ひかしづきて、年に二たび住吉に詣《まう》でさせけり。神の御しるしをぞ、人知れず頼み思ひける。

現代語訳

明石の浦は、ほんのちょっと這って行けるくらいの距離にあるので、良清朝臣が、例の入道のむすめを思い出して手紙など送ったが、そちらからは返事もしない。

父の入道だけが、「申し上げなければならないことがございます。ほんのちょっとでもお会いしたいものです」と言ってきたが、良清は、入道が娘のことを承知するはずがないので、訪ねて行ってご相談しても、結果も得られずに空しく帰ってくることになるその背中も、お笑い草であるに違いないと、ひどく気後れして訪ねて行かない。

入道は、世間でほかに例がないほど気位が高く構えていて、国の内は、国司の縁者だけを尊いものとして崇めているようだが、この入道は偏屈な性格で、まったくそのようには思わずに年月を過ごしてきたが、源氏の君がこうして須磨にいらっしゃると聞いて、母君をくどいて言うには、(入道)「桐壷更衣の御腹の、源氏の光る君が、朝廷の謹慎を被られて、須磨の浦にいらっしゃるということだ。わが子のご宿縁で、考えもしなかったことがあるものだな。どうしてこの機会に、源氏の君にわが娘をさし上げよう」という。

母は、「なんとばかなことを。京の人の語るのを聞けば、身分高い多くのご夫人を、とても多くお持ちで、それでも足らずに、こっそり帝のご夫人とまでもまちがいをなさって、こうまで騒がれなさっているといいます。そんな方が、どうしてこんな見すぼらしい山賤を、心にとどめられましょうか」と言う。

入道は腹を立てて、「貴女はおわかりでない。貴女と私は思うことが異なっている。そうなるものと思っておりなさい。機会をつくって源氏の君を、ここにもお招きしよう」と、気持をたかぶらせて言うのも、頑固者と見える。

まばゆいまでに部屋を調え、娘を大切にするのだった。母君は、「どうして、たとえご立派な方とはいえ、娘の初の縁談に、罪に当って流されていらっしゃるような人に望みをかけるのですか。仮にそうしたとして、源氏の君が心おとどめになるならともかく、冗談としてもありえないことです」と言うのを、入道はたいそうひどくぶつぶつ言う。

(入道)「罪に当ることは、唐土にもわが国の朝廷にも、こういう世の中ですぐれていて、何事も人に異なっている人には必ずあることなのだ。いったいこの源氏の君をどういう御方でいらっしゃると思うのか。亡くなられた母御息所は、私の叔父でいらした按察使大納言の娘である。たいそう優れた方であるという評判によって宮仕えにお出しになられたところ、国王(桐壺帝)が格別にご寵愛なさること並々でなかったので、人の妬みがひどくてお亡くなりになったが、この源氏の君が残っておられるのは、たいそう素晴らしいことであるよ。女は気位を高く持たねばならぬのだ。私がこうした田舎者だからといって、源氏の君はあの娘をお見捨てにはなられまい」などと言っていた。

この娘はすぐれた顔だちではないが、優しくまあ上品で、知恵のあるようすなどは、入道の言う通り、高貴なご婦人にも劣らないだろう。

わが身の境遇を残念なものとあきらめていて、身分の高い人は自分を物の数とも思わないだろう、かといって身分相応の結婚はまったくしたくない、生き長らえて、自分を愛してくれる両親に死に遅れたら、尼にもなろう、海の底にも入ろうなどと思っていた。

父君は、仰々しく大切にこの娘を可愛がって、年にニ度、住吉に詣でさせていた。神の御霊験を、人知れず心の中でお願いしていたのだ。

語句

■這ひ渡るほど 須磨・明石間は約8キロ。 ■行きかかりて 行って関わり合う。 ■かたはや 「かたは」は不完全でみっともない。不格好。 ■帝の御妻 朧月夜=尚侍の君のこと。 ■かくも騒がれたまふなる 須磨に流されるほど。源氏は自ら須磨に下ったのだが世間の人は源氏が罪を被って流罪になったと見ているのだろう。 ■まさに 下に否定語を伴って、どうして…の意。 ■ものの初めに 娘の初婚に。 ■さても 婿にするにしても。 ■こそあらめ 「あり」はましな状況であること。婿にできるならまだましですが…まさかそんなことはありえないので…と続く。 ■あるまじきことなり 「あるまじきこと」が「源氏を婿にすること」か「源氏が娘に心をとどめるてくれること」か説が分かれる。 ■罪に当たることは… 阿保親王・菅原道真・源高明などが念頭にあろう。 ■いかにものしたまふ君ぞ この源氏の君をいかなる君とおぼすぞ、の意。 ■故母御息所 源氏の母・桐壷更衣。 ■按察使大納言 「按察使」は奈良時代に設置された令外官の一つ。地方行政の監督官。平安時代には有名無実となり中納言・大納言が兼任。 ■警策 馬に当てる策《むち》から転じて、びっくりするほど立派であること。 ■あてはか 「あて(上品)」とまでは行かないが、まあ「あて」に近いこと。 ■海の底にも入りなむ 若紫巻に入道が娘に「もし我に後れて、その心ざし遂げず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね」と遺言したとある(【若紫 03】)。 ■住吉 住吉神社。大阪府住吉区住吉町。底筒男命以下三柱の神を祀る。航海の安全を守る神。

朗読・解説:左大臣光永