【明石 05】入道の住まいのさま、都に劣らず

原文

浜のさま、げにいと心ことなり。人しげう見ゆるのみなむ、御願ひに背きける。入道の領《らう》じ占《し》めたる所どころ、海のつらにも山隠れにも、時々につけて、興をさかすべき渚の苫屋《とまや》、行ひをして後の世のことを思ひすましつべき山水《やまみず》のつらに、いかめしき堂を立てて三昧《さんまい》を行ひ、この世の設《まう》けに、秋の田の実を刈り収め残りの齢《よはひ》積むべき稲の倉町《くらまち》どもなど、をりをり所につけたる見どころありてしあつめたり。高潮《たかしほ》に怖《お》ぢて、このごろ、むすめなどは岡辺《おかべ》の宿《やど》に移して住ませければ、この浜の館《たち》に心やすくおはします。

舟より御車に奉り移るほど、日やうやうさし上りて、ほのかに見たてまつるより、老《おい》忘れ齢《よはひ》のぶる心地して、笑みさかえて、まづ住吉の神をかつがつ拝みたてまつる。月日の光を手に得たてまつりたる心地して、営み仕うまつることことわりなり。所のさまをばさらにもいはず、作りなしたる心ばへ、木立立石前栽《こだちたていしせんざい》などのありさま、えもいはぬ入江の水など、絵にかかば、心のいたり少なからん絵師は描《か》き及ぶまじと見ゆ。月ごろの御住まひよりは、こよなく明らかに、なつかしき御しつらひなどえならずして、住まひけるさまなど、げに都のやむごとなき所どころに異ならず、艶《えん》にまばゆきさまは、まさりざまにぞ見ゆる。

現代語訳

浜のようすは、なるほどたいそう特別の風情がある。人の往き来が多そうなのだけが、源氏の君のご意向に反していた。

入道が所領している土地は、海の近くにも山陰にもあり、その時々に応じて、興をかきたてるようにしてある海際の小屋を建て、仏事を行って後世のことを念ずるにふさわしい山水の近くに、立派な堂を建てて念仏三昧の行いをして、この世を生きる準備としては、秋の田の実を刈り収め余生を送れるように稲の倉町をいくつも建てて、その折々で場所柄に応じた見どころがあるよう万事ととのえてある。

高潮を怖れて、最近、娘などは岡の麓の宿に移して住ませていたので、源氏の君は、この浜の館に気楽にお越しになられる。

舟から御車に乗り移られる頃には、日がだんだんさし上がってきて、入道はほんの少し源氏の君を拝見するやいなや、老も忘れ年も伸びる感じがして、笑いがこぼれて、まず住吉の神を何はともあれ拝み申し上げる。

月日の光をわが手に入れ申し上げた気持ちがして、せっせとお仕え申し上げることは当然である。

場所の様子は言うまでもなく素晴らしく、造作にうかがえる趣味のよさ、木立、石組み、植え込みなどのようす、何とも言えない入江の水など、絵に描けば、素養の足りない絵師は描き及ぶまいと見える。

ここ数ヶ月のお住まいよりは、たいそう明るく、すばらしいお部屋の御調度などを、とても言いようがないほど見事にととのえて、入道の暮らしぶりなどは、まったく都の高貴なお邸と異ならず、優美でまばゆいばかりであることは、むしろまさっていると見える。

語句

■げに 良清が「何のいたり深き隈《くま》はなけれど、ただ海のおもてを見わたしたるほどなん、あやしく他所《ことどころ》に似ず、ゆほびかなる所にはべる」と言ったのを受ける(【若紫 03】)。 ■御願ひ 源氏は「静やかに隠ろふべき隈」(【明石 04】)を望んでいたが、そこだけは意向通りでなかった。 ■興をさかす 興を揚かす。興をさかんにする。 ■苫屋 苫葺屋根の小屋。下に「建て」などが省略。 ■三昧 念仏三昧。三昧はサンスクリット語から。精神を集中して念を捨て去ること。 ■齢積むべき 「年齢をつむ」の意と「稲を積む」の意をかける。 ■倉町 倉庫(米倉)を多く建て並べたところ。

朗読・解説:左大臣光永