【蓬生 12】源氏と末摘花、対面して歌をよみあう

原文

姫君は、さりともと、待ち過ぐしたまへる心もしるくうれしけれど、いと恥づかしき御ありさまにて対面《たいめん》せんもいとつつましく思したり。大弐の北の方の奉りおきし御|衣《ぞ》どもをも、心ゆかず思されしゆかりに、見入れたまはざりけるを、この人々の香《かう》の御|唐櫃《からびつ》に入れたりけるが、いとなつかしき香《か》したるを奉りければ、いかがはせむに着かへたまひて、かのすすけたる御|几帳《きちやう》ひき寄せておはす。

入りたまひて、「年ごろの隔てにも、心ばかりは変らずなん、思ひやりきこえつるを、さしもおどろかいたまはぬ恨めしさに、今まで試みきこえつるを、杉ならぬ木立のしるさに、え過ぎでなむ負けきこえにける」とて、帷子《かたびら》をすこしかきやりたまへれば、例のいとつつましげに、とみにも答《いら》へきこえたまはず。かくばかり分け入りたまへるが浅からぬに、思ひおこしてぞ、ほのかに聞こえ出でたまひける。

「かかる草隠れに過ぐしたまひける年月のあはれもおろかならず、また変らぬ心ならひに、人の御心の中《うち》もたどり知らずながら、分け入りはべりつる露けさなどをいかが思す。年ごろの怠り、はた、なべての世に思しゆるすらむ。今より後の御心にかなはざらむなん、言ひしに違《たが》ふ罪も負ふべき」など、さしも思されぬことも、情《なさけ》々しう聞こえなしたまふことどもあんめり。

たちとどまりたまはむも、所のさまよりはじめ、まばゆき御ありさまなれば、つきづきしうのたまひすぐして出でたまひなむとす。ひき植ゑしならねど、松の木高くなりにける年月のほどもあはれに、夢のやうなる御身のありさまも思しつづけらる。

藤波のうち過ぎがたく見えつるはまつこそ宿のしるしなりけれ

数ふればこよなうつもりぬらむかし。都に変りにける事の多かりけるも、さまざまあはれになむ。いまのどかにぞ鄙《ひな》の別れにおとろへし世の物語も聞こえ尽くすべき。年経《へ》たまへらむ、春秋《はるあき》の暮らしがたさなども、誰にかは愁へたまはむと、うらもなくおぼゆるも、かつはあやしうなむ」など聞こえたまへば、

年をへてまつしるしなきわが宿を花のたよりにすぎぬばかりか

と忍びやかにうちみじろきたまへるけはひも、袖の香《か》も、昔よりはねびまさりたまへるにや、と思さる。

月入り方《がた》になりて、西の妻戸の開《あ》きたるより、さはるべき渡殿《わたどの》だつ屋《や》もなく、軒《のき》のつまも残りなければ、いとはなやかにさし入りたれば、あたりあたり見ゆるに、昔に変らぬ御し

現代語訳

姫君は、いくらなんでもいつかはと、待ち過ごしていらっしゃった心もはっかりと叶えられて嬉しいけれど、こんなひどく恥ずかしい御境遇で源氏の君と対面するのもひどく気がひけるとお思いになっていらっしゃる。

大弐の北の方が差し上げておいた多くの御召し物をも、気に食わないとお思いになっていた方ゆかりのものだけに、見向きもなさらなかったが、この人々が香の御唐櫃に入れていたのが、とてもなつかしい香がしているのを差し上げたので、どうにも仕方なくてお召し替えになって、あのすすけた御几帳を引き寄せておすわりになる。

源氏の君はお入りになって、(源氏)「ここ数年のご無沙汰の中にも、心だけは変わらずに思いやり申し上げておりましたが、貴女がしかるべき便りもしてくださらない恨めしさに、今までお試し申し上げておりましたが、古歌にある杉立てる門ではございませんが、松の木立のしるしを見ては、通り過ぎることができず、負けてしまい、お寄りすることになってしまいました」といって、帷子をすこしかきやりなさると、姫君はいつものように遠慮がちに、すぐにお返事もなさらない。

これほどまでに露を踏み分けてお入りになってくださった源氏の君の志の深さに、姫君は思い起こして、ほんの少しお返事を申し上げなさる。

(源氏)「このような草深い中に隠れてお過ごしになっておられた年月の不憫さも並々でなく、また私の変わらぬ心の癖で、貴女の御心の内も探り知ることもせぬまま、露の多い中を分け入ってまいりました私の気持ちをどうお思いになりますか。ここ数年のご無沙汰は、また、誰に対しても同じですから、許してくださるでしょう。今より後の御心に私がかなわないようなら、お約束を違えた罪をも負いましょう」など、実際はそれほどにも思われていないことを、いかにも情け深く言いつくろわれることなどもあるようである。

このまま立ち留まりなさることも、この場所のようすをはじめ、目をそむけたくなる御ようすなので、それらしく言いつくろい過ごしてお立ち出でになろうとする。

源氏の君ご自身が植えたものではないが、松の木のように高くなった年月の長さもしみじみと身にしみて、その間の、夢のようなご自身のご境遇の変わりようも思いつづけられるのである。

(源氏)「藤浪の…

(松にかかった藤波が通り過ぎがたく思えたのは、私を「待つ」という宿のしるしだったからですよ)

数えてみればたいそう幾年月も積もってしまったようですね。都では変わってしまった事の多かったのも、さまざまに心にしみることで。今にゆっくりと鄙の別れに衰えていた時分の物語もすべてお話いたしますでしょう。貴女の、長年過ごしてこられたでしょう、春秋の暮らしがたさなども、私以外の誰に訴えられようかと、心からそう思われるのも、一方では不思議なことで」など申し上げなさると、

(末摘花)年をへて…

(長年にわたって待っていてもそのかいがなかったわが宿を、貴方は花を見るついでにお通り過ぎになるだけですか)

と忍びやかに身じろぎしていらっしゃる気配も、袖の香も、昔よりは大人びていらっしゃるのかとお思いになる。

月が沈む頃になって、西の妻戸の開いているところから、さえぎるような渡殿めいた建物もなく、軒先も崩れてしまっているので、月がたいそう華やかにさし入っているので、あちらこちらが自然と目に入るが、昔と変わらぬ部屋の御調度のさまなど、忍ぶ草に覆われてやつれている上目よりは、みやびな趣があると見えるので、昔物語に塔を崩した人もあったのをお思い合わせになるにつけ、この姫君が同じさまで年月を過ごしてきたのが、しみじみと不憫である。

語句

■さりともと 源氏の君はずっとご訪問がないが、それでもいつかは訪ねてきてくださるだろうの意。 ■心もしるく 願っている心もはっきり叶えられて。 ■恥づかしき御ありさま 自分の貧乏な暮らしをいう。 ■かのすすけたる御几帳 叔母が訪問した時に侍従が差し出したもの(【蓬生 07】)。 ■おどろかいたまはぬ 「おどろかす」はここでは便りをすること。 ■杉ならぬ木立 「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」(古今・雑下 読人しらず)。 ■帷子 几帳の垂れ布。 ■なべての世 「世」は男女の関係。源氏と方々の女たちとの関係をさす。帰郷後の源氏は事実、紫の上以外の女性の所には足が遠のいていた。 ■言ひしに違ふ罪 古注に「いとどこそまさりにまされ忘れじと言ひしに違ふことのつらさは」(出典未詳)を引くと。歌意は、それはもうひどいことだ、忘れないと約束したその約束を反故にすることのつらいことは。 ■さしも思されこと 源氏は末摘花のことをすっかり忘れていた。切々と思っていたなどは嘘だが、巧みに言い訳をしているのである。 ■たちとどまりたまはむ 末摘花と一夜を共にすること。 ■まばゆき御ありさま 末摘花の見すぼらしい姿や暮らしぶりが、目もそむけたいさまだと。 ■ひき植ゑしならねど 前の「大きなる松に藤の咲きかかりて」から「ひき植ゑし人はうべこそ老いにけれ松の木高くなりにけるかな」(後撰和・雑一 躬恒)を引く。歌意は、これを植えた人は当然年をとってしまった、松の木は高くなったものだな。「松」に「待つ」をかけ、長年にわたり末摘花が待ち続けていた誠実さを描き出す。 ■夢のやうなる御身のありさま 源氏自身の須磨明石での苦境の日々のこと。それが末摘花の苦境の日々と重なり、しみじみと感慨深いのである。 ■藤浪の… 「まつ」は「松」と「待つ」をかける。末摘花がずっと変わらぬ心で自分を待っていたことへの感動がこめられている。 ■鄙の別れ 「思ひきや鄙の別れに衰へて海人の縄たき漁りせむとは」(古今・雑下 小野篁)を引く。 ■誰にかは愁へたまはむ 反語。自分以外に嘆き訴える相手はおるまいの意。 ■年をへて 源氏の歌を受け、「まつ」に「松」と「待つ」をかける。私はずっと待っていたのに、貴方は花をごらんになるついでに通りかかっただけですかと、すねた感じが出ている。 ■御しつらひ 「しつらひ」は室内の設備。調度品。 ■忍ぶ草にやつれたる 「君しのぶ草にやつるる故里はまつ虫の音ぞかなしかりける」(古今・秋上 読人しらず)を引く。 ■たふこぼちたる人 塔毀ちたる人。物語の内容は不明。

朗読・解説:左大臣光永