【蓬生 07】叔母、侍従を連れ去る 末摘花、困惑

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原文

冬になりゆくままに、いとどかきつかむ方なく、悲しげにながめ過ごしたまふ。かの殿には、故院の御|料《れう》の御八講《みはかう》、世の中ゆすりてしたまふ。ことに僧などは、なべてのは召さず、才《ざえ》すぐれ行ひにしみ、尊きかぎりを選《え》らせたまひければ、この禅師《ぜんじ》の君参りたまへりけり。帰りざまに立ち寄りたまひて、「しかじか。権大納言殿の御八講に参りてはべりつるなり。いとかしこう、生ける浄土の飾《かざり》におとらず、いかめしうおもしろき事どもの限りをなむしたまひつる。仏菩薩《ほとけぼさつ》の変化《へんげ》の身にこそものしたまふめれ。五つの濁《にご》り深き世になどて生まれたまひけむ」と言ひて、やがて出でたまひぬ。言少《ことずく》なに、世の人に似ぬ御あはひにて、かひなき世の物語をだにえ聞こえあはせたまはず。さても、かばかりつたなき身のありさまを、あはれにおぼつかなくて過ぐしたまふは、心《こころう》憂の仏菩薩やとつらうおぼゆるを、げに限りなめり、とやうやう思ひなりたまふに、大弐の北の方にはかに来たり。

例はさしも陸《むつ》びぬを、さそひたてむの心にて、奉るべき御|装束《さうぞく》など調《てう》じて、よき車に乗りて、面もち気色ほこりかにもの思ひなげなるさまして、ゆくりもなく走り来て、門《かど》開けさするより、人わろくさびしきこと限りもなし。左右《ひだりみぎ》の戸もみなよろぼひ倒《たふ》れにければ、男ども助けてとかく開け騒ぐ。いづれか、このさびしき宿にも必ず分けたる跡あなる三つの径《みち》とたどる。

わづかに南面《みなみおもて》の格子上げたる間《ま》に寄せたれば、いとどはしたなし、と思したれど、あさましう煤《すす》けたる几帳《きちやう》さし出でて、侍従出で来たり。容貌《かたち》などおとろへにけり。年ごろいたうつひえたれど、なほものきよげによしあるさまして、かたじけなくとも、とりかへつべく見ゆ。

「出で立ちなむことを思ひながら、心苦しきありさまの、見捨てたてまつりがたきを、侍従の迎へになむ参り来たる。心うく思し隔てて、御みづからこそあからさまにも渡らせたまはね、この人をだにゆるさせたまへとてなむ。などかうあはれげなるさまには」とて、うちも泣くべきぞかし。されど行く道に心をやりて、いと心地よげなり。「故宮《こみや》おはせし時、おのれをば、面《おも》ぶせなり、と思し棄てたりしかば、疎々《うとうと》しきやうになりそめにしかど、年ごろも何かは。やむごとなきさまに思しあがり、大将殿などおはしまし通ふ御|宿世《すくせ》のほどをかたじけなく思ひたまへられしかばなむ、睦《むつ》びきこえさせんも憚《はばか》ること多くて過ぐしはむべるを、世の中のかくさだめもなかりければ、数ならぬ身は、なかなか心やすくはべるものなりけり。及びなく見たてまつりし御ありさまのいと悲しく心苦しきを、近きほどは怠るをりものどかに頼もしくなむはべりけるを、かく遙かにまかりなむとすれば、うしろめたくあはれになむおぼえたまふ」など語らへど、心とけても答へたまはず。

「いとうれしきことなれど、世に似ぬさまにて、何かは。かうながらこそ朽ちも亡《う》せめとなむ思ひはべる」とのみのたまへば、「げにしかなむ思さるべけれど、生ける身を棄《す》てて、かくむくつけき住まひするたぐひははべらずやあらむ。大将殿の造り磨きたまはむにこそは、ひきかへ玉の台《うてな》にもなりかへらめとは、頼もしうははベれど、ただ今は式部卿宮《しきぶきやうのみや》の御むすめより外《ほか》に心わけたまふ方《かた》もなかなり。昔よりすきずきしき御心にて、なほざりに通ひたまひける所どころ、みな思し離れにたなり。まして、かうものはかなきさまにて、藪原《やぶはら》に過ぐしたまへる人をば、心清く我を頼みたまへるありさまと、尋ねきこえたまふこと、いと難《かた》くなむあるべき」など言ひ知らするを、げに、と思すもいと悲しくて、つくづくと泣きたまふ。

されど動くべうもあらねば、よろづに言ひわづらひ暮らして、「さらば、侍従をだに」と、日の暮るるままに急げば、心あわたたしくて、泣く泣く、「さらば、まづ今日は、かうせめたまふ送りばかりに参《ま》うではべらむ。かの聞こえたまふもことわりなり。また思しわづらふもさることにはべれば、中に見たまふるも心苦しくなむ」と忍びて聞こゆ。この人さへうち棄ててむとするを、恨めしうもあはれにも思せど、言ひとどむべき方もなくて、いとど音《ね》をのみたけきことにてものしたまふ。

形見《かたみ》に添へたまふべき身馴《みな》れ衣《ごろも》も、しほなれたれば、年経ぬるしるし見せたまふべきものなくて、わが御髪《みぐし》の落ちたりけるを取り集めて鬘《かづら》にしたまへるが、九|尺余《さくよ》ばかりにて、いときよらなるを、をかしげなる箱に入れて、昔の薫衣香《くのえかう》のいとかうばしき一壺《ひとつぼ》具してたまふ。

「たゆまじき筋を頼みし玉かづら思ひのほかにかけはなれぬる

故《こ》ままの、のたまひおきしこともありしかば、かひなき身なりとも、見はててむとこそ思ひつれ。うち棄てらるるもことわりなれど、誰に見ゆづりてか、と恨めしうなむ」とて、いみじう泣いたまふ。この人もものも聞こえやらず。「ままの遺言はさらにも聞こえさせず。年ごろの忍びがたき世のうさを過ぐしはべりつるに、かくおぼえぬ道にいざなはれて、遙かにまかりあくがるること」とて、

「玉かづら絶えてもやまじ行く道のたむけの神もかけてちかはむ

命こそ知りはべらね」など言ふに、「いづら、暗うなりぬ」とつぶやかれて、心もそらにてひき出づれば、かへり見のみせられける。

年ごろ、わびつつも行き離れざりつる人の、かく別れぬることを、いと心細う思すに、世に用ゐらるまじき老人《おいびと》さへ、「いでや、ことわりぞ。いかでか立ちとまりたまはむ。我らもえこそ念じはつまじけれ」と、おのが身々《みみ》につけたるたよりども思ひ出でて、とまるまじう思へるを、人わろく聞きおはす。

現代語訳

冬になっていくにしたがって、ますます頼るところもなく、姫君(末摘花)は、悲しげにぼんやり物思いに沈んでお過ごしになっておられた。

かの源氏の君の御邸では、故院の御ための御八講を、世間が大騒ぎするほど営んでおられる。ことに僧などは、並々の者は召さず、才覚すぐれ修行をじゅうぶんに積んだ、尊い僧ばかりをお選びになったので、この禅師の君(末摘花の兄)も参られた。その帰り際に姫君の御邸にお立ち寄りになり、(禅師)「これこれのわけで。権大納言殿の御八講にうかがってまいったのだ。たいそうありがたく、しんじつ極楽浄土の荘厳さにおとらず、立派に、さまざまな趣向の限りを尽くして営んでおられた。源氏の君は、仏や菩薩の姿を変えたものあられるだろう。五濁の今の世にどうしてお生まれになったのだろうか」と言って、すぐにお帰りになられた。

この御兄妹は、言葉少なく、世間の人のようではない御関係で、なんということもない世間話さえもお互いにお話にならない。

(末摘花)「それにしても、源氏の君は、これほどつたないわが身のありさまを、悲しく頼りないままにお見過ごしになられるとは、残念な仏・菩薩であったものだ」と辛くお思いになるのを、「まったく、もう望みはないのだろう」としだいに思うようになっておられたところ、大弐の北の方が急にやって来た。

いつもはそれほど親しくもしていないのに、姫君を誘い出そうとの魂胆で、姫君に差し上げるべき御装束などを仕立てて、立派な車に乗って、顔だち物腰も誇らしく、何の物思いなどもなさそうなようすで、だしぬけに車を走らせてやって来て、門を開けさせるや、人目に悪く、どこまでも寂しい感じである。左右の戸もみなよろよろと倒れかかっていたので、召使たちが助けて、とにかく騒いで戸を開ける。

どこだろうか、こんな寂しい宿にも必ず踏み分けた跡があるという三つの径を探して行く。

かろうじて南面の格子を上げてある一間に車を寄せたので、姫君はひどく居心地が悪いとお思いになったが、あきれるほど煤けた几帳をさし出して、侍従が出てきた。顔立ちなど以前よりおとろえている。ここ数年の苦労でひどくやせ衰えていたが、それでもまだ何となく美しく風情あるようすで、畏れ多いことだが、姫君と取り替えたいくらいに思われる。

(叔母)「出発することを思いながら、貴女様のお気の毒なごようすが、お見捨て申し上げづらいくはありますが、侍従の迎えにうかがったのです。私どものことをいとわしいものと思い隔てをなさって、御自身はかりそめにもお越しになりませんが、せめてこの人を一緒に連れていきますことをお許しください、ということなのです。どうしてこんなに見るも哀れなようすでは」といって、泣き出しそうにしている。しかしこれから向かう任地に思いをはせて、たいそう気分が良さそうである。

(叔母)「故父宮がご存命の時、私のことを、一族の恥として思い棄てなさったので、疎遠なようになってきましたけれど、私のほうでは今までも、どうしてそんなことは…。高貴なご身分だからと気位を高くお持ちになり、また源氏の大将殿などがお通いになっていらした御果報のほどを畏れ多く思っておりましたので、親しく交際申し上げることも遠慮することが多くて過ごしておりましたのを、世の中はこのように定めもないことですので、私のような物の数にも入らない者は、かえって気楽なものでございました。とうてい手が届かぬものと拝見しておりましたお身の上が、今はひどく悲しくお気の毒なので、近くにおります時はお見舞いも怠っておりましたとはいえ、のんびり構えて、いつでもお見舞いできると安心しておりましたが、こうして遥か地方にまかり下るということになれば、心配で、気の毒に存ぜられます」など語らうが、姫君は、気を許してもお答えにならない。

(末摘花)「とてもうれしいことではありますが、私のような世間並でない者が、どうしてよそに行けましょうか。このまま朽ち失せてしまえと思っております」とだけおっしゃるので、(叔母)「なるほどそう思われるでしょうけれど、生きている身を捨てて、こんな気味悪い家に住んでいる方は他にないのではありませんか。源氏の大将殿が御邸を造り磨いてくださればこそ、うって変わって豪華な宮殿とも成り代わろうとは、頼もしくはございますが、ただ今源氏の君は、式部卿宮の御むすめ(紫の上)よりほかにご執心な御方もないといいますよ。昔から源氏の君は浮気がちな御心で、かりそめにお通いになっておられた方々からは、今では皆、御心が離れてしまったそうです。まして、こんなみすぼらしいありさまで、藪原にお過ごしになっている人を、『よくも純真に自分を頼っておられたこと』と、お尋ねになられることは、ひどくありえないことでしょう」など姫君に言いきかせるのを、姫君は「なるほどその通りだ」とお思いになるのもひどく悲しくて、つくづくとお泣きになる。

しかし姫君は動きそうにもないので、あれこれ言っても説得しかねているうちに一日が過ぎて、「それなら、せめて侍従だけでも」と、日が暮れるままに帰りを急ぐので、侍従は心せいて、泣く泣く、(侍従)「それなら、まず今日は、こんなにお勧めになりますから、見送りだけに参りましょう。あちらがおっしゃることも理に叶っておられますし、またこちらが思いわずらいなさるのも、当然でございますから、間に立って見ておりますのも辛いことで」とこっそり姫君に申し上げる。

姫君は、この人までも自分を見捨てようとするのを、恨めしくも悲しくもお思いになるが、言ってひきとどめるすべもなく、たいそう声を上げて泣く、その泣き声が激しくなるばかりでいらっしゃる。

形見として侍従に持たせるべき着なれた衣も、垢じみてしまっているので、長年の奉公に報いるしるしとしてお与えになるようなものがないので、ご自分の御髪が落ちたのを取り集めて鬘になさっていたのが、九尺余ほどで、とても美しげであるのを、立派な箱に入れて、昔の薫衣香《くのえこう》のたいそう薫り高いのを一壺添えてお与えになる。

(末摘花)たゆまじき…

(けした絶えないと思っていたつながりを頼みにしていた玉かずらなのに、思いの外遠くに離れていってしまうのですね)

故乳母が遺言されたこともあったので、自分のようなどうしようもない者であっても、最後まで世話をしてくれると思っていたのに。捨てられるのも当然だけれど、誰に後を任せるつもりか、と恨めしくて」といって、ひどくお泣きになる。この人(侍従)もものも申し上げることができない。

(侍従)「乳母の遺言はまったく言うまでもないことです。長年、耐え難い辛い暮らしを過ごしてきましたが、こうして思わぬ旅に誘われて、遥かに出ていきますこと」といって、

(侍従)「玉かづら…

(玉かづらが絶えても、貴女さまへの気持は絶えません。道中の手向けの神にもかけて誓いましょう)

「命はいつ尽きるかわかりませんけど」など言うと、(叔母)「どうしました。暗くなってしまいました」と北の方からぶつぶつ言われて、心も宙に浮くばかりの気持で車を引き出すので、つい振り返り振り返りしながら侍従は行ってしまった。

長年、辛い思いをしつつも離れては行かなかった人が、こうして別れてしまったことを、ひどく心細くお思いになっていると、もう使い物にならないような年取った女房までも、「いやもう、当然のことですよ。侍従はどうして今まで留まっていらしたのでしょう。我らも我慢し通せそうにございませんよ」と、それぞれ自分の縁故の人々を思い出して、いつまでもここに留まっていられないと思うのを、姫君は間が悪く聞いていらっしゃる。

語句

■故院の御料の御八講 「神無月御八講したまふ」(【澪標 01】)。 ■この禅師 末摘花の兄。「ただ御兄の禅師の君ばかりぞ、まれにも京に出でたまふ時はさしのぞきたまへど」(【蓬生 03】)。 ■浄土の飾 極楽浄土の荘厳さ。 ■五つの濁り 劫濁《こうじょく》・見濁・命濁・煩悩濁・衆生濁の五つ。 ■心憂の仏菩薩 禅師の言葉「仏菩薩の変化の身」を受けて。帰京して権勢がもどったのに自分を庇護してくれない源氏への不満をただよわせる。 ■げに 周囲が言うとおり、源氏の君がふたたび会ってくださることはあるまい、という境地に達したのである。 ■大弐の北の方 末摘花の叔母。末摘花を娘たちの召使いにしたく任地に連れ出そうと考えている。 ■左右の戸もみなよろぼひ倒れにければ 「葎は西東の御門を閉ぢ籠めたるぞ頼もしけれど」(【末摘花 03】)。 ■三つの径 「三径《さんけい》ハ荒《こう》ニ就《つ》キ」(帰去来辞 陶淵明)による。 ■あからさまにも かりそめにも。 ■行く道 大宰大弐は地方官で最高の官位。叔母は今までの怨みを晴らすべく、ここぞと姫君に嫌味をいい、自慢をする。叔母のふるまいはしつこく執拗で、俗物根性丸出し。 ■何かは 下に「疎々しく思ひ聞こむ」などを補って読む。 ■おぼえたまふ 貴女(末摘花)が私(叔母)から思われなさる。 ■何かは 下に「下らむ」などを補って読む。 ■朽ちも亡せめ 末摘花の信念は、父から受け継いだこの家を守り抜くことにある。しかしその手段は、いつ来るかわからぬ源氏をひたすら待つというだけだから、心細い。 ■式部卿宮 本来「兵部卿宮」とすべきところ。筆者の勘違いか。それとも大弐の北の方が記憶違いをしているのをそのまま書いたものか。 ■なかなり 「なかるなり」の音便形撥音無表記。 ■たなり 「たるなり」の音便形撥音無表記。 ■心清く 「心清し」は純粋で混じりけがないさま。末摘花がひたすら源氏の再来を信じ待っているさまをいう。 ■げに 前にも「げに限りなめり」と。 ■せめたまふ 「せむ」はせきたてる。 ■忍びて 叔母に知られないように姫君にこっそりと。 ■たけきことにて 「たけし」はしだいに高ぶってくるさま。 ■身馴れ衣 普段着馴れている衣。 ■年経ぬるしるし 長年の奉公に対する慰労のしるしとなるような品。 ■鬘 かもじ。女性が髪を結うときに地髪が短くて足りないのを補うための添え髪。 ■九尺余 末摘花の髪の毛は長く美しかった(【末摘花 13】)。 ■薫衣香 衣類にたきしめる香。 ■たゆまじき 玉鬘はつる草の歌語。ここでは侍従のことをさす。「たゆ」「筋」「かけ」はその縁語。 ■故まま 「まま」は幼児が乳母をよぶ呼び方。 ■のたまひおきしこと 姫君を末永くお世話しなさいという遺言があったらしい。 ■玉かづら 「玉かづら」は蔓草の歌語。「絶え」はその縁語。「かけ」は「絶え」の縁語。「たむけの神」は道中の安全を守る神。道祖神。 ■つぶやかれて 「れ」は受け身。 ■かへり見のみせられける 「られ」は自発。

朗読・解説:左大臣光永

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