【薄雲 06】うららかな新春 花散里のおだやかな日常

原文

年も返りぬ。うららかなる空に、思ふことなき御ありさまはいとどめでたく、磨きあらためたる御よそひに参り集ひたまふめる人の、大人しきほどのは、七日、御よろこびなどしたまふ、ひきつれたまへり。若やかなるは、何ともなく心地よげに見えたまふ。次々の人も、心の中《うち》には思ふこともやあらむ、うはべは誇りかに見ゆるころほひなりかし。東《ひむがし》の院の対の御方も、ありさまは好ましう、あらまほしきさまに、さぶらふ人人、童《わらは》べの姿などうちとけず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、近きしるしはこよなくて、のどかなる御|暇《いとま》のひまなどには、ふと這ひ渡りなどしたまへど、夜たちとまりなどやうにわざとは見えたまはず。ただ御心ざまのおいらかにこめきて、かばかりの宿世なりける身にこそあらめと思ひなしつつ、あり難きまでうしろやすくのどかにものしたまへば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御ありさまに劣るけぢめこよなからずもてなしたまひて、侮りきこゆべうはあらねば、同じごと、人参り仕うまつりて、別当《べたう》どもも事怠らず、なかなか乱れたるところなくめやすき御ありさまなり。

現代語訳

年も改まった。うららかな空の下、何不自由ない二条院のご様子はいよいよめでたく、磨き上げた立派な御邸に参り集まってこられる人のうち、年配者は、七日に、新春の御よろこびなど申し上げなさる方々が、連れ立っていらっしゃった。若い人々は、何ということでもないが御気分よさそうにお見受けされる。それより順々に身分の低い人も、心の中には心配事もあるのだろうが、表面ははつらつとして見える天下泰平の今日このごろであることよ。

東の院の対の御方(花散里)も、その日常は好ましくも、あのようでありたいと人が思うようなさまで、お仕えしている女房たち、女童の姿なども礼儀正しく、心遣いしつつ毎日をお過ごしになっていらっしゃるが、源氏の君のおそばでお暮らしになっている効用は格別で、のんびりした御暇のある時などには、ふとおいでになったりなさるが、夜お泊りになどというようにわざわざお見えにはならない。それでも女君(花散里)はひたすら御気性がおうようで邪念がなく、「私はこの程度の運の定めなのだろう」と思うようにしながら、滅多にないほど不安なく、のんびりしていらっしゃるので、源氏の君は、折々のお手当なども、こちらの女君(紫の上)への御ようすに劣る区別がそれほどないていどにはお取り扱いになっていらっしゃるので、誰も女君(花散里)を軽んじ申し上げるはずはないので、こちらの女君(紫の上)のと同じように女房たちが参ってお仕えして、別当たちも怠ることなくお仕えしており、かえって二条の本邸よりもしっかり整っていて、無難な御ようすである。

語句

■年も返りぬ 源氏三十ニ歳。紫の上二十四歳。明石の君二十三歳。明石の姫君四歳。 ■大人しき人 年配者。 ■七日 七日のご祝儀。この日宮中では若菜のあつものを食べて邪気払いをする風習があった。現在の七草粥につながる。参考「君がため春の野に出てて若菜摘むわが衣手に雪はふりつつ」(古今・春上 光孝天皇/<小倉百人一首十五番)。 ■ひきつれたまへり 「ひきつる」は連れ立って来る。 ■ころほひ 天下泰平の時分。冷泉帝の御代の平和で穏やかであることを称える。 ■東の院の対の御方 「東の院造りたてて、花散里と聞こえし、移ろはしたまふ」(【松風 01】)。 ■近きしるしはこよなくて 明石の君が二条院から遠い大堰に住んでいるのに対し、花散里は近く(二条院東院)に住んでいる。その効用は大きいということ。 ■こめきて 「子めく」は子供っぽい。おっとりしている。無邪気である。素直である。 ■かばかりの宿世なりける 「足るを知る」花散里の美徳が端的に語られている。 ■うしろやすく 不安がなく。源氏の浮気を心配しない。 ■をりふしの御心おきて 経済的な援助のこと。 ■同じごと 紫の上に対するのと同じくくらい、花散里方に人々がお仕えするの意。 ■別当 二条の東院の家政担当の役人。 ■なかなか乱れたるところなく かえって二条院の東院よりもしっかり整っているの意。

朗読・解説:左大臣光永

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