【薄雲 07】源氏、大堰に出かける 紫の上と歌の唱和

原文

山里のつれづれをも絶えず思しやれば、公私《おほやけわたくし》もの騒がしきほど過ぐして渡りたまふとて、常よりことにうち化粧《けさう》したまひて、桜の御|直衣《なほし》にえならぬ御|衣《ぞ》ひき重ねて、たきしめ、装束《さうぞ》きたまひて、罷申《まかりもうし》したまふさま、隈なき夕日にいとどしくきよらに見えたまふを、女君ただならず見たてまつり送りたまふ。姫君は、いはけなく御|指貫《さしぬき》の裾《すそ》にかかりて慕ひきこえたまふほどに、外《と》にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。こしらへおきて、「明日帰り来む」と口ずさびて出でたまふに、渡殿《わたどの》の戸口に待ちかけて、中将の君して聞こえたまへり。

舟とむるをちかた人のなくはこそあすかへりこむ夫《せな》と待ちみめ

いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、

行きてみてあすもさねこむなかなかにをちかた人は心おくとも

何ごととも聞き分かで戯《ざ》れ歩《あり》きたまふ人を、上はうつくしと見たまへば、をちかた人のめざましきもこよなく思しゆるされにたり。いかに思ひおこすらむ、我にていみじう恋しかりぬべきさまを、とうちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御|乳《ち》をくくめたまひつつ戯《たはぶ》れゐたまへる御さま、見どころ多かり。御前なる人々は、「などか同じくは」「いでや」など語らひあへり。

現代語訳

源氏の君は、山里の所在なさをも絶えずお思いやりになっておられるので、公私にわたって落ち着かない時期をやり過ごしてからおいでになるということで、ふだんよりも格別に御身をつくろいなさって、桜襲の御直衣になんともいえない御衣を重ね着して、香をたきしめ、服装をととのえなさって、お出かけの御挨拶をなさるお姿は、部屋の隅々まで夕日がさしていよいよ美しくお見えになるのを、女君(紫の上)はただならず拝見してお送りになられる。姫君は、頑是なく御指貫の裾に取り付いて源氏の君をお慕い申し上げなさるうちに、御簾の外にもお出になってしまわれそうなので、源氏の君は立ちどまって、たいそう可愛いとお思いになってっている。

源氏の君は姫君をなだめすかしておいて、「明日帰り来む」と口ずさんでご出発なさるので、女君(紫の上)は、渡殿の戸口に待っていて、中将の君を介して申し上げなさる。

(紫の上)舟とむる…

(舟を引きとめる遠方の人がもしいなければ、明日帰ってくる夫と、待っていてお逢いすることもできましょうけれど…)

たいそう物馴れて聞こえたので、源氏の君はたいそう美しげにほほ笑まれて、

(源氏)行きてみて…

(行って、逢って、明日は本当に帰ってきますよ。たとえ遠方の人が気を悪くしようとも)

何のことだと聞き分けせず戯れ回っていらっしゃる姫君を、上(紫の上)はかわいいと御覧になるので、「遠方の人」が目障りだったことも以前と比べれば格段に大目に見ていらした。

「どんなにかこちらのことを思いやっておられるだろう。もし自分だったらたいそう恋しいに違いない姫君のお可愛さなのだから」と姫君をじっとお見つめになりながら、懐に入れて、可愛らしげな御乳房を何度もおふくませになっては戯れていらっしゃるご様子は、傍目にもたいへん見映えがする。御前にお仕えしている女房たちは、「どうして同じことなら(この女君の御腹にお生まれにならなかったのか)」「ほんとうにまあ」など語りあっている。

語句

■山里 大堰。 ■公私もの騒がしきほど 正月は公私にわたって行事が多い。 ■桜の 桜襲の。色は面が白、裏が蘇芳または紅など諸説。 ■罷申 御暇乞いの挨拶。 ■女君ただならず 源氏がめかしこんで明石の君のもとに行くので嫉妬している。 ■外にも出でたまひぬべければ 「外」は御簾の外。姫君が御簾の外に出るのははしたない。 ■明日帰り来む 「桜人、その舟|止《ちぢ》め、島つ田を、十町《とまち》作れる、見て帰り来んや、そよや、あす帰り来ん、そよや(ここまで夫の詞)。言《こと》をこそ、明日ともいはめ、遠方《をちかた》に、妻ざる夫《せな》は、明日もさね来じや、そよや、さ、明日もさね来じや、そよや(ここまで妻の詞)」(催馬楽・桜人)。紫の上は催馬楽の後半が妻の詞なので自分に対する当てこすりと考えて次の歌を返した。 ■中将の君 源氏の間近に仕える女房(【澪標 04】)。 ■舟とむる… 前述の催馬楽「桜人」を引く。「舟」は源氏。「をちかた人」は明石の君。 ■行きてみて… 催馬楽「桜人」を引く。「さねこむ」は「桜人」の詞を引いて「本当に帰ってきますよ」の意。

朗読・解説:左大臣光永

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