【薄雲 18】源氏、春秋の優劣を斎宮の女御に問う 女御、秋を好しとする

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原文

「はかばかしき方の望みはさるものにて、年の内ゆきかはる時々の花紅葉《はなもみぢ》、空のけしきにつけても、心のゆくこともしはべりにしがな。春の花の林、秋の野の盛りを、とりどりに人あらそひはべりける、そのころのげにと心寄るばかりあらはなる定めこそはべらざなれ。唐土《もろこし》には、春の花の錦にしくものなしと言ひはべめり。やまと言の葉には、秋のあはれをとりたてて思へる、いづれも時々につけて見たまふに、目移りてえこそ花鳥《はなとり》の色をも音《ね》をもわきまへはべらね。狭《せば》き垣根の内なりとも、そのをりの心見知るばかり、春の花の木を植ゑわたし、秋の草をも掘り移して、いたづらなる野辺の虫をもすませて、人に御覧ぜさせむと思ひたまふるを、いづ方にか御心寄せはべるべからむ」と聞こえたまふに、いと聞こえにくきことと思せど、むげに絶えて御答へ聞こえたまはざらんもうたてあれば、「ましていかが思ひ分きはべらむ。げにいつとなき中に、あやしと聞きし夕《ゆふべ》こそ、はかなう消えたまひにし露のよすがにも思ひたまへられぬべけれ」と、しどけなげにのたまひ消《け》つるもいとらうたげなるに、え忍びたまはで、

「君もさはあはれをかはせ人しれずわが身にしむる秋の夕風

忍びがたきをりをりもはべるかし」と聞こえたまふに、いづこの御|答《いら》へかはあらむ、心得ずと思したる御気色なり。このついでに、え籠《こ》めたまはで恨みきこえたまふことどもあるベし。いますこし、ひがこともしたまひつべけれども、いとうたてとおぼいたるもことわりに、わが御心も若々しうけしからずと思《おぼ》し返して、うち嘆きたまへるさまの、もの深うなまめかしきも、心づきなうぞ思しなりぬる。やをらづつひき入りたまひぬるけしきなれば、「あさましうもうとませたまひぬるかな。まことに心深き人はかくこそあらざなれ。よし、今よりは憎ませたまふなよ。つらからむ」とて、渡りたまひぬ。うちしめりたる御匂ひのとまりたるさへ、うとましく思さる。人々、御格子など参りて、「この御|褥《しとね》の移り香、言ひ知らぬものかな」「いかでかく、とり集め、柳の枝に咲かせたる御ありさまならん。ゆゆしう」と聞こえあへり。

対に渡りたまひて、とみにも入りたまはず、いたうながめて、端《はし》近う臥したまへり。燈籠《とうろ》遠くかけて、近く人々さぶらはせたまひて、物語などせさせたまふ。かうあながちなることに胸|塞《ふた》がる癖のなほありけるよ、とわが身ながら思し知らる。「これはいと似げなきことなり。恐ろしう罪深き方は多うまさりけめど、いにしへのすきは、思ひやり少なきほどの過ちに、仏神もゆるしたまひけん」と思しさますも、なほこの道はうしろやすく深き方のまさりけるかな、と思し知られたまふ。

女御は、秋のあはれを知り顔に答《いら》へきこえてけるも、悔《くや》しう恥づかしと、御心ひとつにものむつかしうて、悩ましげにさへしたまふを、いとすくよかにつれなくて、常よりも親がりありきたまふ。女君に、「女御の、秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の、春の曙《あけぼの》に心しめたまへるもことわりにこそあれ。時々につけたる木草の花に寄せても、御心とまるばかりの遊びなどしてしがな」と、「公私《おほやけわたくし》の営みしげき身こそふさはしからね、いかで思ふことしてしがな」と、「ただ、御ためさうざうしくやと思ふこそ心苦しけれ」など、語らひきこえたまふ。

現代語訳

(源氏)「実際的な方面の望みはそれはそれとして、一年の内に移り変わる季節季節の花や紅葉、空のけしきについても、気持ちが乗るようにいたしたいものですね。春の花の林、秋の野の盛りを、さまざまに人が言い争ったとかでございますが、これこそ「なるほど」と心寄せるほどにはっきりした結論はないということでございます。唐土には、春の花の錦に及ぶものはないと言っておりますそうです。わが国の和歌では、秋の風情を格別に思っていますが、いづれもその季節季節につけて見ますと、目移りがして、花の色も鳥の声も、とても優劣をつけられるものではございません。狭い垣根の内であっても、その折々の風情を見知る程度には、春の花の木をも植えならべ、秋の草をも掘って移して、誰もその声を聞かない野辺の虫をもすませて、人に御覧に入れようと存じておりますが、貴女はは春と秋、どちらに御心を寄せていらっしゃいますでしょうか」と申し上げなさると、たいそうお返事しづらいこととお思いになるが、まるで一言もお答え申し上げなさらないのも具合がわるいので、(女御)「まして私などにどう思い分けることができましょう。なるほど仰せのように、特にどちらがよいということはございませんが、「あやし」と古歌に申します秋の夕べこそ、はかなく露のようにお亡くなりになった母のよすがとも思われますようでございます」と、あどけなくおっしゃって途中から口をつぐんでおしまいになるのもたいそう可憐なので、源氏の君はおこらえになられず、

(源氏)「君もさは…

(ならば貴女も私としみじみとした気持ちを私と交わしてください。人知れず私の身には秋の夕風がしみることです)

忍び難い折々もあるのでございますよ」と申し上げなさると、女御は、このお歌のどこにお答えしようがあるのか、心得ないと思っているご様子である。

このついでに、源氏の君は、包み隠しておくことがおできにならずに、さまざまに申し上げる恨み言の数々があるようである。

もう一歩、けしからぬ事もなさりそうなところであったが、女御が、ひどく疎ましいとお思いになつているのも道理だし、ご自身のお気持ちとしても、こんな若者のようなふるまいはけしからぬことと思い返して、ため息をついていらっしゃるご様子が、なんとなく奥深く優美な感じであるのも、女御は、気に入らないものに思うようになってしまわれた。女御が少しずつそっと奥に引き入っておられるようすなので、(源氏)「ひどくお嫌いになってしまわれたものですね。実際、思慮深い人はこんなことはしないものですから。まあよろしい。今後は私のことをお憎みになりますな。辛いでしょうから」といって、源氏の君は、あちらにお越しになった。しっとりした御匂いが後に残っているのさえ、女御はうとましくお思いになる。

女房たちは、御格子などお下ろしして、「この御敷物の移り香は、言いようもないものですね」「どうしてこんなに、さまざまな長所がお一人に集まって、『柳の枝に咲かせた』御ようすなのでしょう。不吉なまでに」と皆でお噂申し上げている。

源氏の君は、西の対においでになって、すぐにはお部屋にもお入りにならず、たいそう物思いに沈まれて、端近くに横になっていらっしゃった。

燈籠を遠くにかけて、近くには女房たちを侍らせなさって、お話などおさせになる。こんな向こう見ずなことに胸が塞がる癖が、今でもまだあったのだ、とわが身ながらご自覚なさる。「これはひどく似つかわしくないことだ。若い頃の好色は、恐ろしく罪が深いことについては多くまさっていただろうが、あれは思慮の浅い年頃の過失であって、仏神もお許しになったろう。しかし今は…」とお気持ちを静めようとなさるにつけても、やはりこの男女の道は、以前より危なっかしくはなく、深い思慮分別がまさってきたものだな、とご自覚なさる。

女御は、秋の風情を知った顔でお答え申し上げたのも、悔しく恥ずかしいことと、御心の中ではなんとなく不快で、具合が悪くまでしていらっしゃるのだが、源氏の方は、たいそうさっぱりと、素知らぬ顔で、いつも以上に、どこであっても父親ぶっていらっしゃる。女君(紫の上)に、(源氏)「女御が、秋をご贔屓になっているのも心惹かれるのですが、貴女が、春の曙をがぜん気に入っていらっしゃるのも道理ですね。季節季節につけての木草の花に寄せても、あなたの御心にかなうほどの管弦の遊びなどしたいものです」とか、「公私にわたって用事が多い身ではなかなか思うままにいかないのですが、どうにかして思っていることを実現したいものです」とか、「ただ貴女にとって物足りなく感じるのではないかと思うと、それが心苦しいのです」など、お話し申し上げていらっしゃる。

語句

■はかばかしき方 家門繁盛の願い。前の話からの続き。源氏は女御に気がないと見て、風流方面に話を切り替える。 ■年の内ゆきかはる時々の… 後の六条院の構想が見える。 ■春の花の林… 春秋優劣論。 ■そのころの 「そのろん」の誤写か。 ■ざなれ 「ざるなれ」の撥音便無表記。 ■春の花の錦にしくものなし 出典未詳。 ■やまと言の葉には 「冬ごもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど 山をしみ 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉《もみぢ》をば 取りてそしのふ 青きをば 置きてそ嘆く そこし恨めし 秋山そ我は」(万葉・一 額田王)。 ■いづれも 春も秋も。 ■花鳥の色をも音をも 「花鳥の色をも音をもいたづらにものうかる身はすぐすのみなり」(後撰・夏 藤原雅正)。「花、鳥の、色をも音をも」(紫式部日記・寛弘五年十一月条)。 ■狭き垣根の内なりとも… 後の六条院の構想が見える。 ■いたづらなる野辺の虫誰もその声を聞かず、無駄に鳴いている野辺の虫。 ■ましていかが 貴方さえ決めかねているのに、まして私などに決めることができますか。できませんの意。 ■あやしと聞きし夕 「いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり」(古今・恋一 読人しらず)。 ■はかなう消えたまひにし露 六条御息所のこと。御息所は秋に亡くなったこともあり「露」とたとえる(【澪標 15】)。 ■君もさは… 恋情を訴える歌。源氏の女御への求愛はどうも空回りの感がある。 ■心得ずと思したる 女御は源氏の歌の好色な意味はわかっているが、わからないふりをするのである。 ■ひがこと 斎宮の女御に対して好色な行為に及ぶなど。 ■若々しう 源氏は三十二歳。もはや若い頃のように勢いに任せた行動はしない。 ■ざなれ 「ざるなれ」の撥音便無表記。 ■御褥の移り香 露骨な好色的表現。潔癖な女御との対比が際立つ。 ■柳の枝に 「梅が香を桜の花ににほはせて柳が枝に咲かせてしがな」(後拾遺・春上 中原到時)。 ■ゆゆしう あまりに優れた人は神仏に魅入られて短命に終わるとされた。 ■対 紫の上のいる西の対。 ■とみにも入りたまはず 女御に対して好色めいた言動に及んだ直後なので、さすがに紫の上にすぐ会うのは気が引ける。 ■燈籠遠くかけて 照明を暗くして、女御への恋情にほてった自分の顔を女房たちに見せないため。 ■似げなきこと 自分の年齢や社会的立場からいって。 ■いにしへのすき 主に藤壺に対する恋情をいう。 ■すくよかに 女御の「悩ましげ」との対比が際立つ。中年男の厚かましさがよく出ている。 ■春の曙 紫の上が春の曙に執心しているという話は初出。後に少女巻で春秋優劣論が行われることの布石。 ■

朗読・解説:左大臣光永

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