【少女 10】夕霧と雲居雁、幼な心に惹かれ合う

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原文

冠者《くわざ》の君、ひとつにて生《お》ひ出でたまひしかど、おのおの十《とを》にあまりたまひて後《のち》は、御方|異《こと》にて、「睦《むつ》ましき人なれど、男子《をのこご》にはうちとくまじきものなり」と父大臣聞こえたまひて、け遠くなりにたるを、幼心地《をさなごこち》に思ふことなきにしもあらねば、はかなき花紅葉につけても、雛《ひひな》遊びの追従《ついしよう》をも、ねむごろにまつはれ歩《あり》きて、心ざしを見えきこえたまへば、いみじう思ひかはして、けざやかには今も恥ぢきこえたまはず。御|後見《うしろみ》どもも、「何かは、若き御心どちなれば、年ごろ見ならひたまへる御あはひを、にはかにも、いかがはもて離れはしたなめきこえん」と見るに、女君こそ何心なくおはすれど、男は、さこそものげなきほどと見きこゆれ、おほけなくいかなる御仲らひにかありけん、よそよそになつては、これをぞ静心なく思ふべき。まだ片生《かたお》ひなる手の、生ひ先うつくしきにて、書きかはしたまへる文《ふみ》どもの、心をさなくて、おのづから落ち散るをりあるを、御方の人々は、ほのぼの知れるもありけれど、何かは、かくこそと誰にも聞こえん、見隠しつつあるなるべし。

現代語訳

冠者の君(夕霧)は、この姫君(雲居雁)と同じ御邸でお生まれになったが、おのおの十歳をすぎてからは、お住まい所も別になり、「親しい人であっても、男子には親密にすべきでないのだ」と父の大臣が申されるので、疎遠になっていたが、若君は、幼な心にも慕わしい気持ちがないではないので、ちょっとした花や紅葉につけても、人形遊びでご機嫌を取ることにおいても、心をこめて姫君につきまとい、親愛の情をお見せになるので、お互いにたいそう思いを交わして、はっきりとは今も恥隠れるような態度をおとりにならない。お世話役たちも、「いやなに、まだ子供っぽい御方どうしなのだし、長年いつもご一緒に過ごしてこられた間柄を、どうして急に引き離して、ばつの悪い思いをおさせすることができましょう」と様子を見ていると、女君のほうは無邪気でいらっしゃるが、男は、いかにもたわいもない子供のように見えても、お年にも似ずどんな御仲になっていらしたものか、離れ離れになってからは、逢えないことを辛く思っていらっしゃるようだ。まだ未熟ながら、この先どんなに可愛らしくなるだろうと思われる筆跡で、互いに書き交わされた多くのお手紙が、幼さゆえに、つい落としてしまうことがあるのを、姫君つきの女房たちのなかには、何となく事情を察している者もあったが、どうして、こういうことですと、誰に申しあげたりしようか、見て見ぬふりをしているようである。

語句

■冠者の君 元服をしたばかりの人。夕霧。 ■十にあまりたまひて後は この時、夕霧十二歳。雲居雁十四歳。 ■御方異にて 住む部屋を別にした。 ■幼心地に思ふことなきにしもあらねば… 「幼心地にも、はかなき花紅葉につけても心ざしを見えたてまつる」(【桐壺 13】)。 ■雛遊び 人形遊び。 ■御後見 乳母はじめ世話役の女房たち。 ■若き御心どち 「若き」は幼く幼稚なさま。 ■はしたなめきこえん 「はしたむ」は、相手にばつの悪い思いをさせること。 ■ものげなきほどと 「ものげなし」はまだ一人前でないさま。未熟であること。 ■おほけなく 「おほけなし」は分不相応であること。ここでは年齢のわりにもう恋愛感情を抱いていることをいう。 ■これをぞ 逢えない悲しみを。 ■御方の人々 雲居雁つきの女房たち。

朗読・解説:左大臣光永

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