【玉鬘 10】右近と玉鬘、初瀬川の前で歌を詠み交わし、別れる

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原文

参り集《つど》ふ人のありさまども、見下《くだ》さるる方《かた》なり。前より行く水をば、初瀬川《はつせがわ》といふなりけり。右近、

「ふたもとの杉のたちどをたづねずはふる川のべに君をみましや

うれしき瀬にも」と聞こゆ。

初瀬川はやくのことは知らねども今日の逢《あ》ふ瀬に身さへながれぬ

とうち泣きておはするさま、いとめやすし。「容貌《かたち》はいとかくめでたくきよげながら、田舎びこちごちしうおはせましかば、いかに玉の瑕《きず》ならまし。いで、あはれ、いかでかく生ひ出でたまひけむ」と、おとどをうれしく思ふ。母君は、ただいと若やかにおほどかにて、やはやはとぞたをやぎたまヘりし、これは気《け》高く、もてなしなど恥づかしげに、よしめきたまへり。筑紫《つくし》を心にくく思ひなすに、みな見し人は里びにたるに、心得がたくなむ。暮るれば御堂に上《のぼ》りて、またの日も行ひ暮らしたまふ。

秋風、谷より遥かに吹き上《のぼ》りて、いと肌寒きに、ものいとあはれなる心どもには、よろづ思ひつづけられて、人並々ならむこともあり難きこと、と思ひ沈みつるを、この人の物語のついでに、父大臣の御ありさま、腹々《はらばら》の何ともあるまじき御子《みこ》ども、みなものめかしなしたてたまふを聞けば、かかる下草《したくさ》頼もしくぞ思しなりぬる。

出づとても、かたみに宿る所も問ひかはして、もしまた追ひまどはしたらむ時と、あやふく思ひけり。右近が家は、六条院近きわたりなりければ、ほど遠からで、言ひかはすもたづき出で来ぬる心地しけり。

現代語訳

ここは、参詣に集まってくる人々のさまざまな姿も、見下される場所である。前を通って行く水を、初瀬川というそうだ。右近、

「ふたもとの…

(二本の杉が立っているところを尋ねてこなければ、古い川のほとりで貴女さまをお見つけることができたでしょうか)

うれしき瀬にも」と申し上げる。

(玉鬘)初瀬川…

(流れの速い初瀬川の昔のことは知らないけれど、今日の逢う瀬のうれしさに涙があふれて、この身までも流れてしまいました)

と泣いていらっしゃるさまは、まことに見映えがする。(右近)「顔立ちはたいそうこうして素晴らしく美しいものの、もし田舎じみてごつごつしていらしたとしたら、どんなにか玉の傷だったろう。なんとまあ、どうしてこんな見事にご成長になられたのだろう」と、乳母の養育をうれしく思う。

母君(夕顔)は、ただひたすら若々しくおおらかで、ものやわらかになよなよされていたが、この姫君は気品があり、立ち居振る舞いなどはこちらが気後れするほどで、たしなみが身についていらっしゃる。筑紫を奥ゆかしい場所と思ってみるが、他に逢った人はみな田舎じみているので、心得難いのである。日が暮れると御堂に上がって、翌日も一日中勤行してお過ごしになる。

秋風が谷間からはるかに吹き上がってきて、ひどく肌寒い中、何となくしみじみした気分になっている人々には、あらゆることが思いつづけられて、人並になることも難しいこと、と思い沈んでいたのを、この右近の話のついでに、父内大臣の御ようす、ほうぼうの御腹にお生まれの、別段のこともないような御子たちのことも、みな一人前にお育てになっているのを聞くと、姫君は、こんな日陰者の自分でも何とかなるのではないかと、頼もしくお考えになるようになられた。

寺を出る時にも、お互いに宿泊している所も尋ねあって、もしまた逢おうと思っても行方がわからなくなってしまった時は…と、心配に思うのである。しかし右近の家は、六条院に近いあたりなので、九条の家から距離は遠くはなく、乳母たちは、相談するのに都合がよくなったような心地になるのである。

語句

■前より 前を通って。前を経由して。 ■初瀬川 初瀬川の南を西へ流れ、佐保川と合流する。やがて大和川となる。 ■ふたもとの… 「初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたも逢ひ見むニ本ある杉」(古今・雑躰・旋頭歌 読人しらず)。「古川」は初瀬川。 ■うれしき瀬にも 「祈りつつ頼みぞ渡る初瀬川うれしき瀬にもながれあふやと」(異本紫明抄。古今六帖三は第四句「うれしき世にも」)。 ■いかに玉の瑕ならまし 右近に悪気はないが心に思っていることがわりと辛辣で毒舌。 ■母君は… 以下、右近の感想。 ■よしめきたまへり 「よしめく」はたしなみが身についている。学芸教養が身についている。 ■筑紫を心にくく 右近は筑紫という土地がこんなにすばらしい人物をつくりあげたのかと想像する。 ■里びにたる 前の三条の言動をさす。 ■谷より遥かに 僧坊が斜面によりかかるように立っている。懸造。 ■人並々ならむこと 玉鬘が内大臣に子として認知され人並に暮らすこと。 ■腹々の何ともあるまじき御子ども 内大臣の子は多い。四の君腹の弘徽殿女御・按察使大納言北の方腹の雲居雁のほか、左少将・少納言・兵衛佐・藤侍従・大夫らがいる(【少女 19】)。 ■なしたてたまふ 「なしたつ」は立派に成長させる。大人となす。 ■下草 日陰者の意。 ■思しなしぬる 主語が乳母たちから玉鬘にきりかわっている。 ■宿る所 京都のすまい。 ■追ひまどはしたらむ時 追い尋ねても行方がわからなくなった時。下に「困る」の意を補う。 ■ほど遠からで 九条の玉鬘の邸から。

朗読・解説:左大臣光永

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