【玉鬘 11】右近、源氏に玉鬘との邂逅を報告

右近は大殿《おほとの》に参りぬ。このことをかすめ聞こゆるついでもやとて、急ぐなりけり。御門《みかど》引き入るるより、けはひことに広々として、まかで参りする車多くまよふ。数ならで立ち出づるも、まばゆき心地する玉の台《うてな》なり。その夜は御前《おまへ》にも参らで、思ひ臥《ふ》したり。

またの日、昨夜《よべ》里より参れる上臈《じやうらふ》若人《わかうど》どもの中に、とり分きて右近を召し出づれば、面《おも》だたしくおぼゆ。大臣も御覧じて、「などか里居《さとゐ》は久しくしつるぞ。例ならずや。まめ人の、ひきたがへ、こまがへるやうもありかし。をかしきことなどありつらむかし」など、例のむつかしう戯《たはぶ》れ言《ごと》などのたまふ。「まかでて、七日に過ぎはべりぬれど、をかしき事ははべりがたくなむ。山踏《やまぶみ》しはべりて、あはれなる人をなむ見たまへつけたりし」「なに人ぞ」と問ひたまふ。「ふと聞こえ出でんも、まだ上に聞かせたてまつらで、とり分き申したらんを、後《のち》に聞きたまうてば、隔てきこえけりとや思さむ」など思ひ乱れて、「いま聞こえさせはべらむ」とて、人々参れば聞こえさしつ。

大殿油《おほとなぶら》などまゐりて、うちとけ並びおはします御ありさまども、いと見るかひ多かり。女君は二十七八にはなりたまひぬらんかし、盛りにきよらにねびまさりたまへり。すこしほど経て見たてまつるは、またこのほどにこそにほひ加はりたまひにけれ、と見えたまふ。かの人をいとめでたし、劣らじと見たてまつりしかど、思ひなしにや、なほこよなきに、幸ひのなきとあるとは、隔てあるべきわざかなと、見あはせらる。大殿籠《おほとのごも》るとて、右近を御|脚《あし》まゐりに召す。「若き人は、苦しとてむつかるめり。なほ年経ぬるどちこそ、心かはして睦《むつ》びよかりけれ」とのたまへば、人々忍びて笑ふ。「さりや、誰かその使ひならいたまはむをばむつからん。うるさき戯《たはぶ》れ言《ごと》いひかかりたまふを、わづらはしきに」など言ひあへり。「上も、年経ぬるどちうちとけ過ぎば、はたむつかりたまはんとや。さるまじき御心と見ねば、あやふし」など、右近に語らひて笑ひたまふ。いと愛敬《あいぎやう》づき、をかしきけさヘ添ひたまへり。今は朝廷《おほやけ》に仕へ、いそがしき御ありさまにもあらぬ御身にて、世の中のどやかに思さるるままに、ただはかなき御戯れ言をのたまひ、をかしく人の心を見たまふあまりに、かかる古人《ふるびと》をさへぞ戯れたまふ。「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。尊き修行者《すぎやうざ》語らひて、率《ゐ》て来たるか」と問ひたまへば、「あな見苦しや。はかなく消えたまひにし夕顔の露の御ゆかりをなむ、見たまへつけたりし」と聞こゆ。「げに、あはれなりけることかな。年ごろはいづくにか」とのたまへば、ありのままには聞こえにくくて、「あやしき山里になむ。昔人《むかしびと》もかたへは変らではべりければ、その世の物語し出ではべりて、たへがたく思ひたまへりし」など聞こえゐたり。「よし、心知りたまはぬ御あたりに」と、隠しきこえたまへば、上、「あなわづらはし。ねぶたきに、聞き入るべくもあらぬものを」とて、御袖して御耳|塞《ふた》ぎたまひつ。「容貌《かたち》などは、かの昔の夕顔と劣らじや」などのたまへば、「必ずさしもいかでかものしたまはんと思ひたまへりしを、こよなうこそ生ひまさりて見えたまひしか」と聞こゆれば、「をかしのことや。誰ばかりとおぼゆ。この君と」とのたまへば、「いかでか、さまでは」と聞こゆれば、「したり顔にこそ思ふべけれ。我に似たらばしも、うしろやすしかし」と、親めきてのたまふ。

現代語訳

右近は六条院に参上する。このことを殿(源氏)にほのめかし申し上げる機会でもあるかと、急いで参ったのだった。御門の中に入るやいなや、格別に広々とした雰囲気で、退出したり参上したりする車が多く行き交っている。人数にも入らない身で立ち交じることも、まばゆいまでの心地がする立派な御殿である。その夜は右近は上(紫の上)の御前にも参らずに、物思いに沈みながら床についた。

翌日、上(紫の上)は、昨夜里からもどった上臈の女房や若女房の中に、とりわけ右近をお召し出しになったので、右近は誇らしく思った。源氏の大臣も右近をご覧になって、(源氏)「どうして里居が長かったのだ。いつもと違うではないか。まじめな人が、うってかわって、若返るようなことでもあるものだ。さぞかし面白いことなどあったのだろうね」など、例によって気恥ずかしい冗談などをおっしゃる。

(右近)「里に下りましてから七日を過ぎましたが、おもしろい事はなかなかございません。山歩きをいたしまして、可愛らしい人を見つけたのでございます」(源氏)「どんな人だ」とご質問なさる。すると右近は「今すぐ殿(源氏)にお話するのも、まだ上(紫の上)にお聞かせ申しあげないで、特別に殿に申しあげたら、後に上(紫の上)がお聞きになられて、分け隔てを申したのかとお思いになるかもしれない」などと思い迷って、(右近)「いまにお話し申しあげましょう」といって、人々が参上してきたので言上を途中でひかえた。

お部屋の燈火などおつけして、お二人(源氏と紫の上)が、くつろいで並んでいらっしゃるご様子は、たいそう見事である。女君(紫の上)は二十七八にはおなりになったのだろう、女盛りに美しくさらにご成熟されている。すこし間をおいて拝見すると、またその間につややかな美しさがお加わりになっていらっしゃる、とお見えになる。

あの方(玉鬘)をたいそう美しい、劣るまいと拝見したのだが、気のせいだったのだろうか、やはり段違いであるから、幸いのあるとないとでは、隔てあることだなと、つい見比べられるのである。

殿(源氏)はお休みになるということで、右近を御脚をもませるためにお召しになる。(源氏)「若い人は、こういうことはきついといって嫌がるそうだ。やはり年取った仲間こそ、心が通じ合って、仲良くしがいがあるね」とおっしゃると、女房たちはしのびやかに笑っている。

(右近)「それはそうですわ。でも誰がそのようにいつもお使いなさることを嫌がるでしょう。殿が面倒なご冗談をおっしゃるので、困ってしまうのですわ」などと言い合っている。

(源氏)「上(紫の上)も、年寄り同士であまり仲良くしていては、またご機嫌ななめにおなりだろうよ。そうではない御気性とは見えないから、あぶない」など、右近に語らって笑っていらっしゃる。とてもご愛情深く、おもしろい様子さえもお加わりになっていらっしゃる。今は朝廷に仕えてお忙しい御ようすでもないご身分なので、世間のこともゆったりとお考えになっているのにまかせて、ただとりとめもない御冗談をおっしゃり、興味深く人の心をお試しになられるあまりに、こんな年寄(右近)にまでもお戯れになる。

(源氏)「あの尋ね出したとかいうのは、どういった人かね。尊い修行僧とでも仲良くなって、連れてきたのかね」とご質問になると、(右近)「まあみっともないことを。はかなくお消えになった夕顔の露にゆかりある人を、お見つけ出し申しあげたので」と申し上げる。(源氏)「なるほど、それは興味深かったことだね。長年どこで暮らしていたのかね」とおっしゃると、ありのままには申しあげにくくて、(右近)「辺鄙な山里にです。昔お仕えしていた人々もおそばに変わらずございましたので、その当時の物語を切り出しまして、悲しさにたえがたい気持でございました」など申しあげてすわっている。(源氏)「もうよい。事情をご存知でない御方(紫の上)の御前では」と、お隠し申しあげなさると、上(紫の上)は、「まあややこしい。眠たいので、聞き入ることもできませんのに」といって、御袖で御耳をお塞ぎになられた。

(源氏)「顔立ちなどは、あの昔の夕顔に劣らないのかね」などおっしゃると、(右近)「必ずしも、あれほどまでではいらっしゃるまいと思っておりましたが、格別にずっと美しく、ご成長なさっているようにお見うけされました」と申し上げると、(源氏)「興味深いね。誰くらいだと思うね。この女君と比べたら」とおっしゃると、(右近)「どうして、そこまでは」と申し上げると、(源氏)「お前は得意に思っていいよ。その姫君(玉鬘)が私に似ているのだとしたら、それこそ安心だよ」と、親のようなことをおっしゃる。

語句

■大殿 六条院。 ■このこと 玉鬘と再会したこと。 ■より …するやいなや。 ■けはひことに広々として 二条院と比べて六条院は。六条院造営直後と思われる。 ■玉の台 「玉楼」を和語に訳したもの。「楼」は高台。 ■上臈 身分の高い女房。 ■召し出づれば 紫の上が。右近は紫の上に仕えている。 ■こまがへる 若返る。 ■むつかしう 源氏は右近の年齢にそぐわない、色めいた冗談を言うのである。 ■まだ上に聞かせたてまつらで 右近は紫の上つきの女房なので、主君である紫の上をさしおいて源氏に報告しては、後々問題になるだろうことを心配するのである。しかしこの場に源氏とともに紫の上もいるはずなのでやや不審。源氏のみのときに報告したのか。 ■並び 源氏と紫の上が。 ■すこしほど経て 右近は七日ぶりに紫の上を拝見した。 ■にほひ つややかな美しさ。 ■幸いのなきとあるとは 幸福に育った人(紫の上)と不幸に育った人(玉鬘)とでは容姿においても差が出るのだなという右近の実感。 ■劣らじ 紫の上に。 ■見あはせられる つい比較してしまう。つい見比べてしまう。 ■御脚まゐり 貴人の脚をもみほぐすこと。 ■年経ぬるどち 源氏と右近をいう。 ■使いならい 「使いならし」の音便。 ■さるまじき 「さる」は「さある」の略。「さ」は「むつかりたまはむ」。 ■尊き修行者語ひて 右近の言った「山踏みしはべりて、あはれなる人をなむ見たまへつけたりし」を受ける。源氏は中年女と修行僧の山中の恋を冗談めかして想像して、おもしろがっている。 ■昔人 昔お仕えしていた人々。乳母はじめ女房たち。 ■その世の物語 夕顔が存命中の話。 ■心知りたまはぬ御あたりに 紫の上が嫉妬しがちなのを源氏は冗談めかしながら警戒する。 ■御あたりに 下に「こんな話をしては誤解されて嫉妬される」といった意味を補って読む。 ■あなわずらはし 紫の上は、源氏と右近が自分の知らない源氏の昔の愛人の話をしていることに気づく。そこで気を遣って、冗談めかして耳をふさぐ。 ■御袖して そんなに邪魔なら聞かないでいてあげますよと、すねている。 ■容貌などは 源氏は紫の上が袖で耳をふさいだのを幸い、核心的な質問をぶつける。 ■見えたまひしか 右近は玉鬘の姿をはっきりとは見ていないので推測がまじる。 ■この君と この紫の上と比較してどうかの意。源氏は、右近が「まさかそこまで素晴らしくはありません」と言うのを見越して、紫の上の機嫌を取ろうとする。 ■したり顔にこそ思ふべけれ 貴女は夕顔の娘を見つけるという偉業をなしたのだから。 ■親めきて 源氏は以前から夕顔の忘れ形見を娘として迎えたいと考えていたことが右近の台詞に見える(【玉鬘 09】)。

朗読・解説:左大臣光永

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