【玉鬘 16】夕霧、玉鬘に挨拶 豊後介、家司となる

原文

中将の君にも、「かかる人を尋ね出でたるを、用意して睦《むつ》びとぶらへ」とのたまひければ、こなたに参《ま》うでたまひて、「人数《ひとかず》ならずとも、かかる者さぶらふと、まづ召し寄すべくなむはべりける。御渡りのほどにも、参り仕うまつらざりけること」と、いとまめまめしう聞こえたまへば、かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ。心の限り尽くしたりし御住まひなりしかど、あさましう田舎びたりしも、たとしへなくぞ思ひくらべらるるや。御しつらひよりはじめ、今めかしう気高くて、親|兄弟《はらから》と睦びきこえたまふ御さま容貌《かたち》よりはじめ、目もあやにおぼゆるに、今ぞ三条も、大弐を侮《あなづ》らはしく思ひける。まして、監《げん》が息ざしけはひ、思ひ出づるもゆゆしきこと限りなし。豊後介《ぶんごのすけ》の心ばへを、あり難きものに君も思し知り、右近も思ひ言ふ。おほぞうなるは事も怠りぬべしとて、こなたの家司《けいし》ども定め、あるべきことども、おきてさせたまふ。豊後介もなりぬ。年ごろ田舎び沈みたりし心地に、にはかになごりもなく、いかでか、仮にても立ち出で見るべきよすがなくおぼえし大殿《おほとの》の内を、朝夕に出で入りならし、人を従へ、事行ふ身となれるは、いみじき面目《めいぼく》と思ひけり。大臣の君の御心おきてのこまかにあり難うおはしますこと、いとかたじけなし。

現代語訳

源氏の殿は、中将の君(夕霧)にも、「こうした人を尋ね出したので、心して親しくお訪ねしなさい」とおっしゃったので、君(夕霧)は姫君(玉鬘)のもとに参上なさって、(夕霧)「私は人の数にも入らないようなものですが、このような者がお仕えしていると、まっ先に呼び寄せていただければよろしかったのですのに。お移りの時にも、おうかがいしてお手伝いできませんでしたことが残念で」と、たいそうきまじめに申しあげなさるので、事情を知っている人々は、決まりが悪いまでに思う。

工夫の限りをこらしていた筑紫の御すまいであったが、呆れるほど田舎じみていたとも、比べようもないことだが自然と比べられることよ。御部屋のしつらいからはじめ、当世風に上品で、親兄弟として親しくご交際されている方々のご様子、ご器量からして、目もくらむばかりすばらしく思われるので、今となっては三条も、大宰大弐を軽蔑している。まして、大夫監のあの息づかいや気配は、思い出すにつけても忌まわしいことは限りない。

豊後介の配慮を、滅多にないものとして源氏の君もお心得になられ、右近もそう思い、また言う。家の中の仕事をなあなあに行っていては、事の怠りも出てくるにちがいないということで、こちらの家司たちを定めて、行うべき仕事を、お言いつけなさる。豊後介も家司になった。

長年の田舎暮らしで、みじめな思いをしていたところに、急にその跡形もなく、どうして仮にも自分が立ち出でて目にするような手立てもあろうとは思えなかった御殿(六条院)の内を、毎日朝夕に出入りして、人を従え、事を行う身となったのは、とても誉れ高いことと思うのだった。

大臣の君(源氏)のお心遣いがこまやかに、世にもまれなほどでいらっしゃることは、まことに畏れ多い。

語句

■かかる人 源氏は夕霧に対しても、「玉鬘は実子である」という設定で、紹介する。 ■心して 姉だから、親しく訪問せよの意。 ■かかる者 このような弟。 ■御渡りのほど 玉鬘一行が六条院に引っ越してきた時。 ■かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ 乳母や三条らは、玉鬘は実は夕霧の実姉でないことを知っているので、夕霧が玉鬘を実に姉と信じて訪れるのを見て、騙しているような、一種の気まずさがあるのだろう。 ■御住まひ 大宰少弐の館。玉鬘がすんでいたので「御」をつける。 ■御しつらひ 六条院の室内の調度。 ■親兄弟 源氏・紫の上・夕霧・明石の姫君。 ■今ぞ三条も 三条は大宰大弐を最上のものと思い込んでいたが、六条院のありさまをみてそんな幻想は吹き飛んだ(【玉鬘 08】)。 ■豊後介の心ばへ 豊後介が玉鬘を監に嫁がせず、筑紫を後に逃げ出してきたこと。 ■おほぞうなるは 「おほぞう」はいい加減なさま。 ■こなたの 玉鬘方の。 ■家司 家の中の庶務を行う者。 ■なりぬ 玉鬘方の家司に。 ■いかでか 「立ち出で見るべき」にかかる。下に「うれしからざらむ」を補って読む説も。

朗読・解説:左大臣光永