【玉鬘 17】源氏、正月に方々に贈る御衣を選ぶ

原文

年の暮に御しつらひのこと、人々の御|装束《しやうぞく》など、やむごとなき御|列《つら》に思しおきてたる、かかりとも田舎びたることやと、山がつの方に侮《あなづ》り推《お》しはかりきこえたまひて調《てう》じたるも、奉りたまふついでに、織物どもの、我も我もと、手を尽くして織りつつ持《も》て参れる、細長《ほそなが》小袿《こうちき》の、いろいろさまざまなるを御覧ずるに、「いと多かりける物どもかな。方々に、うらやみなくこそものすべかりけれ」と、上に聞こえたまへば、御匣殿《みくしげどの》に仕うまつれるも、こなたにせさせたまへるも、みな取《と》う出《で》させたまへり。かかる筋、はた、いとすぐれて、世になき色あひにほひを染めつけたまへば、あり難しと思ひきこえたまふ。ここかしこの擣殿《うちどの》より参らせたる擣物《うちもの》ども御覧じくらべて、濃き赤きなど、さまざまを選《え》らせたまひつつ、御衣櫃《みぞびつ》衣箱《ころもばこ》どもに入れさせたまうて、大人びたる上臈《じやうらふ》どもさぶらひて、これはかれはと取り具しつつ入る。上も見たまひて、「いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬ物どもなめるを、着たまはん人の御|容貌《かたち》に、思ひよそへつつ奉れたまへかし。着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」とのたまへば、大臣うち笑ひて、「つれなくて、人の御容貌推しはからむの御心なめりな。さては、いづれをとか思す」と聞こえたまへば、「それも鏡にてはいかでか」と、さすがに恥ぢらひておはす。紅梅《こうばい》のいと紋《もん》浮きたる葡萄染《えびぞめ》の御小袿、今様色《いまやういろ》のいとすぐれたるとはかの御|料《れう》、桜の細長に、艶《つや》やかなる掻練《かいねり》とり添へては姫君の御料なり。浅縹《あさはなだ》の海賦《かいふ》の織物、織りざまなまめきたれど、にほひやかならぬに、いと濃き掻練|具《ぐ》して夏の御方に、曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対に奉れたまふを、上は見ぬやうにて思しあはす。内大臣《うちのおとど》の、華やかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに、似たるなめりと、げに推《お》しはからるるを、色には出だしたまはねど、殿見やりたまへるに、ただならず。「いで、この容貌《かたち》のよそへは、人腹立ちぬベきことなり。よきとても物の色は限りあり、人の容貌は、後れたるも、また、なほ底《そこ》ひあるものを」とて、かの末摘花《すゑつむはな》の御料に、柳の織物の、よしある唐草《からくさ》を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほ笑まれたまふ。梅《むめ》の折枝《おりえだ》、蝶《てふ》鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿《こうちき》に、濃きが艶《つや》やかなる重ねて、明石の御方に、思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ。空蝉の尼君に、青鈍《あをにび》の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子《くちなし》の御|衣《ぞ》、聴色《ゆるしいろ》なる添へたまひて、同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらしたまふ。げに似ついたる見むの御心なりけり。

現代語訳

源氏の殿は、年の暮れに、姫君(玉鬘)の方の、正月のお飾りつけのことや、女房たちの御装束のことなどを、れっきとした御方々と同列にお取りはからいになっていらっしゃるが、姫君(玉鬘)は、このように器量がよいとはいっても田舎じみたところもあるだろうと、山賤のように軽くお考えになってお仕立てになっていらした装束も、あわせて差し上げなさる。そのついでに、さまざまな織物の、職人たちが、我も我もと、手を尽くして織っては持って参っていた、細長や小袿の、色あいのさまざまであるのをご覧になって、(源氏)「実に多くの品々だね。御方々に、うらやみのお気持が起らないよう、公平に分けなければいけないね」と、上(紫の上)に申しあげなさると、御匣殿でお仕立てしたのも、こちらでととのえさせられたのも、みなお取り出させになる。こうした方面においては、上(紫の上)は、また、たいそうすぐれて、世にまたとない色あいや、ぼかしをお染めになられるので、源氏の殿は、上(紫の上)のことを、世にまたとない御方とお思い申しあげなさる。

あちらこちらの擣殿《うちどの》からお納めした多くの擣物を比べてご覧になって、濃い紫や赤いのや、さまざまなのをお選びになってはは、多くの御衣櫃、衣箱にお入れになられて、年配の上臈の女房たちがおそばにお仕えして、これはあの御方、あれはあの御方と、取り揃えては、入れる。上(紫の上)もご覧になって、(紫の上)「どれも、優劣の差も見えない物のようですが、お召しになられる方の御器量に、お見立てになって差し上げてくださいな。着ている物が人柄に似合わないのは、みっともないものですからね」とおっしゃると、大臣はお笑いになって、(源氏)「そしらぬ顔で、人の御器量を推しはかろうとのお考えのようですね。それなら、貴女はどのお召し物がお似合いとお思いですか」と申しあげなさると、(紫の上)「それは鏡を見るだけでは、どうしてわかりましょう」と、やはり恥じらっていらっしゃる。

紅梅の文様がたいそうはっきり浮き出ている葡萄染の御小袿しと、今様色のたいそう見事なのは、かの御方(紫の上)のお召し物として、桜襲の細長に、艷やかな掻練を取り添えたのは明石の姫君のお召し物である。

浅縹《あさはなだ》色の海賦《かいふ》の織物で、織り方は美しいけれど派手ではないものに、とても濃い紫の掻練の下襲を添えて夏の御方(花散里)に、曇り無く真っ赤な表着に、山吹の花の文様のある細長は、例の西の対(玉鬘)に差し上げなさるのを、上(紫の上)は見ぬふりをしてお思いはかっていらっしゃる。父である内大臣が、華やかに、ああ美しそうだとは見えるものの、艶っぽく見える点がないのに、似ているかもしれないと、殿(源氏の殿)のおっしゃるとおりだと想像されるのを、上(紫の上)は、それと顔にはお出しにならないけれど、源氏の殿がごらんになると、心中ただならぬご様子である。

「はてさて、こうしてご器量にあわせてお召し物を選ぶことは、誰かさん(紫の上)が腹を立てそうなことですね。どんなにすぐれているといっても物の色には限りがあり、人の器量は、至らないといっても、また一方で、それでもやはりどこまでも奥深さがあるものですのに」といって、あの末摘花へ贈るお召し物として、柳の織物の、由緒ありげな唐草を乱れ織ってあるのも、たいそう艶っぽいので、源氏の君は、人知れずほほ笑まれる。梅の折枝に、蝶、鳥が飛び交っている、唐風の白い小袿に、濃い紫の艷やかなのを重ねて、明石の御方にお贈りになる。その人柄を想像するだけでも上品なので、上(紫の上)は面白くないとご覧になる。空蝉の尼君には青鈍の織物をの、たいそう趣味のいいのをお見つけになって、お召し料の中にある梔子色の御衣に、聴色の衣をお添えになって、同じ日(元日)にお召しになられよと御連絡をめぐらせられる。まことにそれぞれご器量にあったお召し物をお召になっているところを見ようとの、源氏の君のお考えなのである。

語句

■御しつらひ 玉鬘方の。 ■人々 玉鬘つきの女房たち。 ■やむごとなき御列 紫の上・明石の君・花散里・秋好中宮などのこと。 ■かかりとも 玉鬘の器量や教養はたいしたものだが、衣装は…の意。 ■我も我もと 職人たちが売り込んできた。 ■細長 貴族の男女の子供が着た衣服。 ■小袿 高貴な女子の平常服。裳・唐衣などを着ないときの上着。下に着る袿より少し短く仕立てたもの。表は浮き織物、裏は平絹。 ■方々に… 御方々にくばる衣類に優劣がついて羨みの心が起らないように、公平に分けようとの配慮。 ■御匣殿 装束を調達する場所。部屋。 ■にほひ 濃い色と薄い色を配合するぼかし。 ■擣殿 衣に光沢を出し皺をのばすために砧で打つためにもうけた場所。 ■御衣櫃 衣を入れる櫃。 ■衣箱 衣櫃より小さい。 ■取り具し 「具す」は衣を一揃揃えること。 ■いづれをととか思す そういう貴女は、自分にはどのお召し物が似合うとお考えですか。どのお召し物が自分にはふさわしいとお考えですか。 ■それも鏡にてはいかでか 我が身のことであっても、鏡を見るだけでは判断がつかないので、やはり貴方が私にふさわしい衣を選んでくださいの意。 ■紅梅 襲の色目。面は紅、裏は蘇芳または紫。 ■紋 文様。 ■葡萄染 ぶどう色。面は紫。裏は赤。 ■今様色 流行の色。濃い紅梅色とも。 ■桜 桜襲。面が城。裏は濃紫ほか諸説。 ■掻練 柔らかく練った絹。 ■浅縹 薄い藍色。 ■海賦 波や貝などの図で海辺の景色をあらわした模様。 ■山吹 襲の色目。面は朽葉、裏は紅梅または黄など。 ■内大臣 玉鬘の父。 ■げに 源氏の言葉どおり。 ■容貌のよそへ その人の器量にあわせて贈るべき衣類を選ぶこと。 ■底ひ 奥底。 ■柳の織物 横糸に白、縦糸に萌黄を用いた織物。 ■唐草 唐草模様。つるが絡み合う様子を表す。「唐草」という植物があるではなく「絡草《からみぐさ》」の略。 ■ほほ笑まれたまふ 末摘花にこの衣は似合わないから。末摘花に対して衣のほうがあまりに立派すぎるから。 ■明石の御方に 下に「つかはしたまふ」などを補って読む。 ■めざまし 紫の上はまだ見ぬ明石の君に嫉妬する。 ■空蝉の尼君 関屋巻(【関屋 03】)で空蝉の出家が描かれたが、六条院に庇護されていることはここで初めて語られる。やや唐突。 ■青鈍 青みをおびた縹色。 ■梔子 梔子色は、梔子の実で染めた黄色。 ■聴色 「禁色」に対して着用を許された色。薄い紫・赤。

朗読・解説:左大臣光永