【胡蝶 03】人々、玉鬘に好意を寄せる 源氏、玉鬘に屈折した想いを抱く

西の対《たい》の御方は、かの踏歌《たふか》のをりの御|対面《たいめん》の後は、こなたにも聞こえかはしたまふ。深き御心もちゐや、浅くもいかにもあらむ、気色いと労あり、なつかしき心ばへと見えて、人の心隔つベくもものしたまはぬ人ざまなれば、いづ方にもみな心寄せきこえたまへり。聞こえたまふ人、いとあまたものしたまふ。されど、大臣、おぼろけに思し定むべくもあらず、わが御心にも、すくよかに親がりはつまじき御心や添ふらむ、父大臣にも知らせやしてましなど、思し寄るをりをりもあり。殿の中将は、すこしけ近く、御簾《みす》のもとなどにも寄りて、御|答《いら》へみづからなどするも、女はつつましう思せど、さるべきほどと人々も知りきこえたれば、中将はすくすくしくて思ひもよらず。

内の大殿《おほひどの》の君《きみ》たちは、この君に引かれて、よろづに気色《けしき》ばみ、わび歩《あり》くを、その方のあはれにはあらで、下《しも》に心苦しう、実《まこと》の親にさも知られたてまつりにしがなと、人知れぬ心にかけたまへれど、さやうにも漏《も》らしきこえたまはず、ひとへに、うちとけ頼みきこえたまふ心むけなど、らうたげに若やかなり。似るとはなけれど、なほ母君のけはひに、いとよくおぼえて、これは才《かど》めいたるところぞ添ひたる。

現代語訳

西の対の姫君(玉鬘)は、あの踏歌の折に上(紫の上)と御対面されてからは、こちら(紫の上方)ともお互いにご連絡をつけあっていらっしゃる。深いお心用意がおありなのだろうか、それとも浅いのか、どうだろうか、姫君(玉鬘)は他者へのお気遣いにおいてご経験を積んでおり、親しみやすいご気性と見えて、人に隔て心をお作りにならないご気性なので、どの御方もみなご好意をお寄せ申していらっしゃる。姫君(玉鬘)に想いを打ち明けなさる方が、とても多くいらっしゃる。しかし、大臣(源氏)は、かんたんにお考えをお決めになるわけにもいかず、ご自身のお気持としても、きっぱりと親がわりの立場を最後まで押し通すことのできぬような御心が加わるのだろう、姫君(玉鬘)の父である内大臣にも知らせようかなどというお気持ちにおなりになる折々もある。殿の中将(夕霧)は、すこしおそば近くで、御簾のそばなどにも寄って、お返事を自らなさるのも、女(玉鬘)は恥ずかしくお思いになるが、「兄弟なのでそれは当然のこと」と、世間の人々も存じ上げているのだし、中将はまじめ一方で、姫君に対して色めいたことなど思いもかけない。

内大臣の若君たちは、この中将の君(夕霧)にさそわれて、万事、姫君(玉鬘)に対して色目を使い、いつもわびしい思いをしているが、姫君(玉鬘)はそうした色めいた方面の悩みではなく、心の中に苦しく、実の親に自分のことを知られたいと、人知れず心にかけていらっしゃるが、そのようにお漏らし申し上げもなさらず、ひたすら源氏の君をご信頼し頼りし申し上げていらっしゃるお心持ちなどは、可愛らしく、初々しい。似ている、というわけではないが、やはり母君(夕顔)の雰囲気に、たいそうよく通じていると源氏の君はお思いになって、しかもこちら(玉鬘)は才気めいたところが加わっている。

語句

■かの踏歌のをり 【初音 09】。 ■労あり 経験を積んでいること。玉鬘は九州での暮らしが長く苦労しているので世間知に長けている。 ■思し定む 玉鬘の婿を。 ■わが御心にも… 源氏は玉鬘の親代わりとなって養育するだけでは飽き足らず、玉鬘への恋慕の情が出てきている。そのため父である内大臣に事情を話して妻として迎えたくも考えている。 ■殿の中将は… 夕霧は玉鬘を自分の姉と思っているので遠慮なくふるまう。一方、玉鬘は夕霧が実は弟ではないことを知っているので、はばかりがある。 ■内の大殿の君たち 内大臣の息子たち。「左少将、少納言、兵衛佐、侍従、大夫」(【少女 19】)。左少将は夕霧のこと。現在中将。 ■下に心苦しう 実の兄弟が事情を知らず言い寄るので。 ■さも 自分が内大臣の実子であると。 ■

朗読・解説:左大臣光永

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