【胡蝶 08】玉鬘、源氏の求婚に困惑 人々、玉鬘に執心

色に出でたまひて後は、「太田《おほた》の松の」と思はせたることなく、むつかしう聞こえたまふこと多かれば、いとどところせき心地して、置き所なきもの思ひつきて、いと悩ましうさへしたまふ。
かくて、事の心知る人は少なうて、うときも親しきも、無下《むげ》の親ざまに思ひきこえたるを、「かうやうの気色の漏《も》り出でば、いみじう人笑はれに、うき名にもあるべきかな。父大臣などの尋ね知りたまふにても、まめまめしき御心ばへにもあらざらむものから、ましていとあはつけう、待ち聞き思さんこと」と、よろづに安げなう思し乱る。

宮、大将などは、殿の御気色、もて離れぬさまに伝へ聞きたまうて、いとねむごろに聞こえたまふ。この岩漏る中将も、大臣の御ゆるしを見てこそかたよりにほの聞きて、まことの筋をば知らず、ただひとへにうれしくて、下り立ち恨みきこえまどひ歩《あり》くめり。

現代語訳

源氏の君は、お気持ちを表にお出しになってからは、「太田の松の」といった、相手に察してほしいといった控えめなご態度ではなく、姫君(玉鬘)に対していろいろとやっかいなことも申し上げなさることが多かったので、姫君はたいそう窮屈な感じがして、堪えられないと思うようになって、ほんとうにご病気にまでなってしまわれる。

こうして事情を知る人は少なくて、他人も、身内も、まったくの親子のように存じ上げているのを、(玉鬘)「こうした気配が漏れ聞こえたら、たいそう人に笑われることになり、ひどい噂も立てられるに違いないこと。父大臣などが私のことをお捜し当てなさるとしても、親身なお気持ちではないだろうから、まったく浮ついた娘だと、待っていて自分と源氏の君との噂をお聞きになって、他人以上に、お思いになるだろう」と、万事不安にお心乱される。

兵部卿宮や大将などは、殿(源氏)のご意向では、まっちたく自分たちを遠ざけるようでもなく人づてに聞きなさって、たいそう熱心に姫君にお気持ちをお伝えになる。あの岩漏る中将(柏木)も、大臣(源氏)のお許しがあったのを見て、一方的に姫君のことをほのかに聞いて、本当の事情は知らず、ただ一途にうれしくて、熱心に恨み言を言ってうろうろ歩きまわっているようである。

語句

■色に出でたまひて 「忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」(拾遺・恋一/小倉百人一首四十番 平兼盛)。 ■太田の森の 「恋ひわびぬ太田の松のおほかたは色にいでてや逢はむといはまし」(源氏釈)。歌意は、恋心に堪えられません、すっかりその気持を表にあらわして、逢おうと言うかな。「太田の松」は所在地未詳。 ■思はす 相手に推察させる。 ■事の心 源氏の玉鬘への恋情。 ■うとき 玉鬘の世話役である花散里や、求婚者の兵部卿宮、髭黒大将ら。 ■親しき 柏木や夕霧。 ■無下の これより下がないの原義から、まったくの。 ■かうやうの気色 源氏が自分(玉鬘)に懸想しているという事情。 ■まして 他の人々が悪く噂したりする以上に。 ■あはつけう 「あはつけし」は軽々しい。浮ついている。 ■待ち聞き 噂はほんとうなのか確かめようと待ち受けていて、確かにそれが本当だと聞く。 ■岩漏る中将 内大臣の長男柏木。「思ふとも君は知らじなわきかへり岩漏る水に色し見えねば」による(【胡蝶 04】)。 ■見てこそかたよりに 『玉の小櫛』によれば「みるこがたよりに」の誤写という。「みるこ」は玉鬘つきの女童。 ■まことの筋 玉鬘が実は自分の姉であること。 ■下り立ち 「下り立つ」は熱心にとりくむこと。

朗読・解説:左大臣光永

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