【螢 07】六条院にて馬場の競射を開催

原文

殿は、東《ひむがし》の御方にもさしのぞきたまひて、「中将の今日の衛府《つかさ》の手番《てつが》ひのついでに、男《をのこ》ども引き連れてものすべきさまに言ひしを、さる心したまへ。まだ明かきほどに来《き》なむものぞ。あやしく、ここにはわざとならず忍ぶることをも、この親王たちの聞きつけて、とぶらひものしたまへば、おのづからことごとしくなむあるを。用意したまへ」など聞こえたまふ。

馬場殿《むまばのおとど》は、こなたの廊より見通す、ほど遠からず。「若き人々。渡殿《わたどの》の戸《と》開けて物見よや。左の衛府《つかさ》にいとよしある官人《くわんにん》多かるころなり。少《せう》々の殿上人《てんじやうびと》に劣るまじ」とのたまへば、物見む事をいとをかしと思へり。対の御方よりも、童《わらは》べなど物見に渡り来て、廊の戸口に御簾《みす》青やかに懸けわたして、今めきたる裾濃《すそご》の御几帳ども立てわたし、童|下仕《しもづかへ》などさまよふ。菖蒲襲《さうぶがさね》の衵《あこめ》、二藍《ふたあゐ》の羅《うすもの》の汗袗《かざみ》着たる童べぞ、西の対のなめる。好ましく馴れたるかぎり四人、下仕は楝《あふち》の裾濃《すそご》の裳《も》、撫子《なでしこ》の若葉の色したる唐衣《からぎぬ》、今日の装《よそ》ひどもなり。こなたのは濃き一襲《ひとかさね》に、撫子襲《なでしこがさね》の汗彩《かざみ》なとおほどかにて、おのおのいどみ顔なるもてなし、見どころあり。若やかなる、殿上人などは、目をたてて気色《けしき》ばむ。未《ひつじ》の刻《とき》に、馬場殿《むまばどの》に出でたまひて、げに親王《みこ》たちおはし集《つど》ひたり。手番《てつが》ひの、公事《おほやけごと》にはさま変りて、次将《すけ》たちかき連れ参りて、さまことに今めかしく遊び暮らしたまふ。女は、何のあやめも知らぬ事なれど、舎人《とねり》どもさへ艶《えん》なる装束《さうぞく》を尽くして、身を投げたる手まどはしなどを、見るぞをかしかりける。南の町も通して遥々《はるばる》とあれば、あなたにもかやうの若き人どもは見けり。打毬楽《だぎうらく》、落蹲《らくそん》など遊びて、勝負《かちまけ》の乱声《らざう》どもののしるも、夜に入りはてて、何ごとも見えずなりはてぬ。舎人どもの禄品々《ろくしなじな》賜はる。いたく更けて、人々みなあかれたまひぬ。

現代語訳

殿は、東の御殿もにもお立ち寄りになられて、(源氏)「中将(夕霧)が今日の衛府《つかさ》の競射の取り組みのついでに、男たちを引き連れてくるように言っていたので、そのお心づもりでいらしてください。まだ明るいうちにやって来るようなのです。不思議に、こちら(六条院)で目立たずひっそりとやっていることも、あの親王たちが聞きつけて、ご訪問なさるので、自然と仰々しいことになってしまうのです。用意なさっていてください」などと申し上げなさる。

馬場の御殿は、こちらの東の御殿の廊から見通しのきく、あまり遠くはないところにある。

(源氏)「お若い方々、渡殿の戸を開けて見物なさい。左の衛府にたいそう立派な官人が多いこの頃ですから。そこらの殿上人には劣らぬでしょう」とおっしゃると、若い女房たちは、見物をまことに楽しみに思っている。対の御方(玉鬘)からも、女童などが見物に渡って来て、廊の戸口に御簾を青々と掛けわたして、今風の多くの裾濃の御几帳をずらりと立てて、女童や下仕え女などが右往左往している。

菖蒲襲の衵《あこめ》に二藍《ふたあい》の羅《うすもの》の汗袗《かざみ》を着ている女童たちが、西の対から来た者であるようだ。感じがよく、物なれした女童ばかり四人、下仕え女は楝《おうち》の裾濃の裳に、撫子の若葉の色をした唐衣で、いずれも端午の節句というこの日にふさわしい装いである。

こちら(花散里方)の女童たちは濃い紅の一襲に、撫子襲の汗袗などをおおらかに着て、めいめい競いあうような顔をしているのが、見ものである。若やいだ殿上人などは、それに目をつけて、気のあるそぶりを見せたりする。

未の時刻に、源氏の君が、馬場の御殿におでましになると、なるほど親王たちがお集まっていらっしゃる。競射の、宮中における儀式とは趣が違って、中将や少将たちが連れ立って参加しており、ようすも変わって華やかに日が暮れるまでお遊びになる。女には何のことやらわからない競技であるが、舎人たちまでも優美な装束の限りを尽くして、ここぞと身を捨てて勝負をかける秘技などを、見るのはおもしろかった。南の町までずっと通して馬場を作っているので、あちら(南の町)でもこうした若い女房たちは見物していたのだった。打毬楽《だぎゅうらく》、落蹲《らくそん》などの舞楽を奏して、勝った負けたと入り乱れた声々で大騒ぎしていたのも、すっかり夜になって、何事も見えなくなってしまった。舎人たちは禄の品々をそれぞれに頂戴する。たいそう夜が更けて、人々はみな散り散りにお帰りになった。

語句

■東の御方 花散里の御殿(【少女 33】)。■中将 夕霧。左中将。十五歳。 ■衛府の手番 左近衛府の競射の取り組み。通常、五月五日に左近衛府の騎射が、六日に右近衛府の騎射が行われる。場所は大内裏の左近馬場と右近馬場。 ■さる心したまへ 花散里は夕霧の養育係。 ■見通す、ほど遠からず 「見通すほど、遠いからず」の読み方もある。 ■左の衛府 左近衛府。夕霧はその中将。 ■官人 将監《しょうげん》・将曹《しょうそう》・府生《ふしょう》をいう。 ■対の御方 玉鬘。 ■裾濃 帷子の上端が白で下端に行くにつれて色が濃くなる几帳。紫が多い(紫裾濃)。 ■菖蒲襲 面青、裏紅梅か。諸説あり。 ■衵 女性・童女の衣類。童女は汗衫の下に着るが、これを表衣とすることもあった。 ■二藍 紅花と藍で染めた色。襲の色目としては表は赤みがかった濃い縹、裏は縹。 ■汗袗 童女の表着。衵の上に着る。 ■楝 楝は栴檀の古名。襲の色目としては表紫、裏薄紫か。諸説あり。 ■撫子の若葉の色 薄萌黄色。 ■唐衣 裳や唐衣を着るのは正装するとき。 ■撫子襲 表紅梅、裏青か。 ■気色ばむ 気があるようなそぶりを見せる。色目を使う。 ■未の刻 午後二時ごろ。 ■げに親王たちおはし集ひたり 前述「この親王たちの聞きつけて…」を受ける。 ■公事にはさま変りて 宮廷行事の競射と、それを模した六条院における騎射とはようすが違うのである。宮中行事では参加がゆるされない中将、少将が参加をゆるされることなど。 ■何のあやめも知らぬ 五月五日端午の節句にちなんだ表現。 ■舎人ども ここでは近衛府の兵卒。 ■身を投げたる 身を捨てて勝負をかけること。 ■手まどはし 秘術。秘技。とっておきの技。 ■南の町も通して 馬場は東北の町(花散里の御殿)から東南の町(紫の上の御殿)まで通して作ってある。だから向こうで紫の上方の女房たちも見物している、の意。 ■打毬楽唐楽。唐人の装束で毬を打木で掻きながら舞う。競射撃・競馬・相撲のときに奏される。 ■落蹲 高麗楽。面をつけて桴を取って舞う。納蘇利《なつそり》・双龍舞とも。 ■勝負の乱声ども 競射・競馬・相撲などで勝負が決まると鉦・太鼓を叩いて知らせ、勝者側では笛や笙を吹く。

朗読・解説:左大臣光永