【常夏 08】近江の君のちぐはぐな言動 内大臣、苦笑する

原文

やがて、この御方のたよりに、たたずみおはしてのぞきたまへば、簾《すだれ》高くおし張りて、五節《ごせち》の君とて、ざれたる若人のあると、双六《すぐろく》をぞ打ちたまふ。手をいと切《せち》におしもみて、「小賽《せうさい》、小賽」と祈《こ》ふ声ぞ、いと舌疾《したど》きや。あな、うたて、と思して、御供の人の前駆《さき》追ふをも、手かき制《せい》したまうて、なほ妻戸の細目なるより、障子《さうじ》の開きあひたるを見入れたまふ。このいとこも、はたけしきはやれる、五節「御返しや、御返しや」と、筒をひねりて、とみにも打ち出でず。中に思ひはありやすらむ、いとあさへたるさまどもしたり。容貌《かたち》はひぢぢかに、愛敬《あいぎやう》づきたるさまして、髪うるはしく、罪|軽《かろ》げなるを、額《ひたひ》のいと近やかなると、声のあはつけさとに損《そこな》はれたるなめり。とりたててよしとはなけれど、他《こと》人とあらがふべくもあらず、鏡に思ひあはせられたまふに、いと宿世心づきなし。

「かくてものしたまふは、つきなくうひうひしくなどやある。こと繁《しげ》くのみありて、とぶらひ参うでずや」とのたまへば、例のいと舌疾《したど》にて、「かくてさぶらふは、何のもの思ひかはべらむ。年ごろおぼつかなく、ゆかしく思ひきこえさせし御顔、常にえ見たてまつらぬばかりこそ、手打たぬ心地しはべれ」と聞こえたまふ。「げに。身に近く使ふ人もをさをさなきに、さやうにても見ならしたてまつらんと、かねては思ひしかど、えさしもあるまじきわざなりけり。なべての仕うまつり人こそ、とあるもかかるも、おのづから立ちまじらひて、人の耳をも目をも、必ずしもとどめぬものなれば、心やすかべかめれ。それだにその人のむすめ、かの人の子と知らるる際《きは》になれば、親|兄弟《はらから》の面伏《おもてぶ》せなるたぐひ多かめり。まして」とのたまひさしつる、御気色の恥づかしきも知らず、「何か、そは。ことごとしく思ひたまヘてまじらひはべらばこそ、ところせからめ。御大壺《おほみおほつぼ》とりにも、仕うまつりなむ」と聞こえたまへば、え念じたまはで、うち笑ひたまひて、「似つかはしからぬ役ななり。かくたまさかに逢へる親の孝《けう》せむの心あらば、このもののたまふ声を、すこしのどめて聞かせたまへ。さらば命も延びなむかし」と、をこめいたまへる大臣にて、ほほ笑みてのたまふ。

「舌の本性《ほんじやう》にこそははべらめ。幼くはべりし時だに、故母の常に苦しがり教へはべりし。妙法寺《めうほふじ》の別当大徳《べたうだいとこ》の産屋《うぶや》にはべりける、あえものとなん嘆きはべりたうびし。いかでこの舌疾《したど》さやめはべらむ」と思ひ騒ぎたるも、いと孝養《けうやう》の心深く、あはれなりと見たまふ。「そのけ近く入り立ちたりけむ大徳《だいとこ》こそは、あぢきなかりけれ。ただその罪の報《むくい》ななり。瘖《おし》言吃《ことどもり》とぞ、大乗謗《だいぞうそし》りたる罪にも、数《かず》へたるかし」とのたまひて、「子ながら、恥づかしくおはする御さまに、見えたてまつらむこそ恥づかしけれ。いかに定めて、かくあやしきけはひも尋ねず迎へ寄せけむ」と思し、人々もあまた見つぎ、言ひ散らさんこと、と思ひ返したまふものから、「女御、里にものしたまふ。時々渡り参りて、人のありさまなども見ならひたまへかし。ことなることなき人も、おのづから、人にまじらひ、さる方になれば、さてもありぬかし。さる心して見えたてまつりたまひなんや」とのたまへば、「いとうれしきことにこそはべるなれ。ただいかでもいかでも、御方々に数まへ知ろしめされんことをなん、寝ても覚めても、年ごろ何ごとを思ひたまへつるにもあらず。御ゆるしだにはべらば、水を汲み、戴《いただ》きても仕うまつりなん」と、いとよげにいますこしさへづれば、言ふかひなしと思して、「いとしか下《お》り立ちて薪《たきぎ》拾ひたまはずとも、参りたまひなん、ただかのあえものにしけん法《のり》の師《し》だに遠くは」と、をこ言《ごと》にのたまひなすをも知らず、同じき大臣と聞こゆる中にも、いときよげにものものしく、華やかなるさまして、おぼろけの人見えにくき御気色をも見知らず。「さて、いつか女御殿には参りはべらんずる」と聞こゆれば、「よろしき日などやいふべからむ。よし、ことごとしくは何かは。さ思はれば、今日にても」と、のたまひ棄《す》てて渡りたまひぬ。

よき四位五位たちの、いつききこえて、うち身じろきたまふにもいと厳しき御勢なるを見送りきこえて、「いで、あなめでたのわが親や。かかりける種《たね》ながら、あやしき小家《こいへ》に生ひ出でけること」とのたまふ。五節《ごせち》、「あまりことごとしく恥づかしげにぞおはする。よろしき親の、思ひかしづかむにぞ、尋ね出でられたまはまし」と言ふもわりなし。「例の、君の、人の言ふこと破りたまひて、めざまし。今はひとつ口に言葉なまぜられそ。あるやうあるべき身にこそあめれ」と、腹立ちたまふ顔やう、け近く愛敬《あいぎやう》づきて、うちそぼれたるは、さる方にをかしく罪ゆるされたり。ただいと鄙《ひな》び、あやしき下人《しもびと》の中に生《お》ひ出でたまへれば、もの言ふさまも知らず。ことなるゆゑなき言葉をも、声のどやかにおし静めて言ひ出だしたるは、うち聞く耳ことにおぼえ、をかしからぬ歌語《うたがたり》をするも、声《こゑ》づかひつきづきしくて、残り思はせ、本末《もとすゑ》惜しみたるさまにてうち誦《ず》じたるは、深き筋思ひ得ぬほどの、うち聞きにはをかしかなりと耳もとまるかし。いと心深くよしあることを言ひゐたりとも、よろしき心地あらむと聞こゆべくもあらず。あはつけき声《こわ》ざまにのたまひ出づる言葉こはごはしく、言葉たみて、わがままに誇りならひたる乳母《めのと》の懐《ふところ》にならひたるさまに、もてなしいとあやしきに、やつるるなりけり。いと言ふかひなくはあらず、三十文字《もそもじ》あまり、本末《もとすゑ》あはぬ歌、口疾《くちと》くうちつづけなどしたまふ。

現代語訳

内大臣は女御の部屋においでになったついでに、そのまま、こちら(近江の君)のお部屋に立ち寄りになって中をのぞいて御覧になると、簾を外に大きく張り出して、五節の君といって、ふざけるのが好きな若女房がいるのだが、それと双六を打っていらっしゃる。しきりに揉み手をして、(近江の君)「小賽《しょうさい》、小賽」と念じる声が、ひどく早口なのだ。内大臣は、ああひどいとお思いになって、御供の人が前駆をするのも、手をかざしてお止めになり、なおも妻戸が細く開いているところから、襖の開いている中を御覧になる。

この仲良しの女房も、またせかせかした様子で、(五節)「お返しよ、お返しよ」と、筒をひねって、すぐには打ち出さない。中に祈願でもこめているのだろうか、ひどく軽薄な二人の仕草である。姫君の顔立ちは親しみやすく、愛嬌のあるようすで、髪は美しく、難点はなさそうであるが、額がとても狭いのと、声がうわずっているので、ぶち壊しになっているようだ。

特別美人というわけではないが、赤他人だと言い張ることはとてもできないと、内大臣は、鏡に写したご自分のお姿を思いあわされるにつけても、宿運のつたなさにひどくうんざりなさる。

(内大臣)「こうしてここにいらっしゃるのは、貴女には似つかわしくなく、お馴れにくくありませんか。私は何かと忙しくて、お見舞いにうかがうこともできないのですよ」とおっしゃると、例のひどい早口で、(近江の君)「こうしてここに居させていただいておりますのに、何の不満がございましょう。長年お会いできないことが残念で、お会いしたいと存じ上げておりました御顔を、しょっちゅう拝見できないことだけが、双六のよい目が出ないような気持がいたします」と申し上げなさる。(内大臣)「なるほど、私には身近に召し使う人もほとんどないので、たとえそのような形でも貴女を常に身近に拝見していたいと、かねては思っていましたが、なかなかそういうわけにもいきませんでした。これが一般の奉公人であれば、とにもかくにも、自然と人中に立ちまじって、他人は、耳も目も、必ずしもとどめないものですから、気楽でいられるでしょう。しかしそうした一般の奉公人でさえ、その人のむすめ、あの人の子と知られる身分にもなれば、親兄弟の面汚しとなる例が多いようです。まして私などは…」とおっしゃって途中でおやめになった、内大臣のそのご様子の気後れするほど立派なことを姫君は意にも介さず、(近江の君)「それは何ということもございません。大層に構えてお仕えするのであれば、窮屈でしょうけれど。御大壺とりでもしてお仕えしましょう」と申し上げなさると、内大臣はこらえることがおできにならず、お笑いになって、(内大臣)「それは似つかわしくない役のようですね。このように偶然に逢った親に対して孝行しようという気があるなら、そのものをおっしゃる声を、少しゆっくりと聞かせていただけませんか。そうすれば命も延びるでしょうよ」と、おどけたところのおありになる大臣なので、ほほ笑んでおっしゃる。

(近江の君)「舌の生まれつきなのでございましょう。幼くございました時でさえ、亡くなった母がいつも苦にして注意してございました。妙法寺の別当大徳が産屋にございましたので、それがうつったのだろうと嘆いておられました。どうやってこの早口を止めましょう」と思い騒ぎたてているのも、まことに親孝行の気持が深く、感心なことだと内大臣は御覧になる。

(内大臣)「その間近に入り込んでいたという大徳こそは、罪をなしたとですよ。早口は間違いなくその罪の報いでしょう。「おし」と「どもり」とは、法華経を悪く言った罪としても数えていますよ」とおっしゃって、(内大臣)「わが子ながら、こちらが気後れするほど立派な御方(弘徽殿女御)に、この子をお見せ申し上げるのはまことに恥ずかしいことだ。どんなつもりで、こんなおかしな人柄を、調べもせずに呼び寄せたのだろうか」とお思いになり、また、「人々も、大勢次々とこの子を見て、言いふらすだろう」と、この姫君を女御の侍女にしようというお考えをお改めになるが、(内大臣)「女御は、里に下がっていらっしゃいます。時々おいでになって、立ち居振る舞いなどもお見習いなさい。別段のこともない人でも、自然と、人と交際し、しかるべき立場になれば、どうにかなるものです。そのつもりでお目見えしてはいかがですか」とおっしゃると、(近江の君)「まことに嬉しいことにございます。ただどうにかして、御方々に人数に入れていただけることを、寝ても覚めても、長年にわたってそればかりを考えております。御ゆるしさえございましたら、水を汲み、頭にのせてでも、お仕え申し上げましょう」と、まことに楽しそうに、もう少しぺちゃくちゃいうので、内大臣は、これだけ言ってもむだなことだったとお思いになって、(内大臣)「そこまで身を入れて薪をお拾いまでなさらずとも、あちらにおうかがいなさい。ただ例のあやかったという法師だけは遠ざけてくだされば」と、冗談言ににしておしまいになるのにも姫君は気づかず、同じ大臣と申し上げる中にも、この内大臣はまことにおきれいで立派で、華やかなお装いで、並たいていの人では立派すぎてまともに拝見することもはばかられるようなご様子でいらっしゃることも、姫君はあまりわかってはいない。

(近江の君)「では、いつ女御さまのもとにうかがいましょう」と申し上げると、(内大臣)「吉日などを選んでということになりましょう。そうはいってもまあ、御大層にすることもありますまい。その気がございましたら、今日だって……」と言い捨てて、お帰りになられた。

立派な五位六位の官人たちが、大切にお守り申し上げて、ちょっとお体を動かしなさるにつけても、まことに立派な御威勢であるのを姫君はお見送り申し上げて、(近江の君)「なんとまあ、まことに立派な私の親だこと。こんな高貴な生まれでありながら、みすぼらしい小家に生まれてしまったこと」とおっしゃる。五節が、「あまりに仰々しくて、こちらが気後れしてしまうほどのご様子でいらっしゃいます。そう悪くはないという程度で、大切に扱ってくれるような親に、探し出されたらよかったのに」と言うのもひどい話である。

(近江の君)「例によって、貴女は、人の言うことをぶち壊しにして、失礼よ。今はもう馴れ馴れしく口をはさまないでいなさいな。私の身はいいことがありそうな身なのだから」と腹を立てていらっしゃるお顔のようすは、親しみ深く愛敬があり、羽目をはずしても、それはそれとして面白く、罪がない。ただひどく田舎じみて、身分の低い者の中で生まれ育ったので、ものの言いようも知らない。

別段のことのない言葉でも、声をゆっくりとおし静めて言い出したのは、ふと耳にしても「おや」と思われるし、おもしろくもない歌語をするにも、声の出し方がそれにふさわしいと、先を聞きたいと思わせ、始めと終わりを惜しんでいるかのように言葉をぼかして口ずさむのは、深い内容まではわからないものの、ちょっと聞くぶんには、興味を惹かれ、耳もひきつけられるものである。この姫君の場合は、ほんとうに内容が深く、情緒があることを言っていたとしても、よいことを言っていると聞こえるはずがない。浮ついた声のようすでお言い出しになる言葉はごつごつして、訛っていて、母の懐で育てられた頃に、自分の思うままに好き放題にいばっていた癖で、今でもふるまいがひどく粗野で、値打ちが下がるのであった。とはいえまったくお話にならないというわけではなく、三十字あまりの、上の句と下の句のうまくつながらない歌を、早口で次々と繰り出しなどなさる。

語句

■簾高く押し張りて 部屋の端ぎりぎりに座っているので、身体で簾が外に大きく張り出している。はしたない姿。 ■五節の君 近江の君の侍女。 ■双六 現在の双六とは別物。盤上を両陣に分け、それぞれ十二の石を担当する。二個の賽を筒(とう)に入れて振り出し、その出目によって石をすすめる。すべての石を敵地に送り込んだほうが勝ち。 ■小賽 小さい目が出るように。 ■舌疾き 早口でしゃべるのは無作法。 ■あな、うたて 双六は貴族の遊びとして高級とはいえない上、姫君の態度も無作法であったため。 ■前駆追ふ 貴人が通るときに先払いの声を立てること。 ■制したまひて 自分が来ることを近江の君に気取られず、しばらく様子を見ようというのである。 ■御返しや 大きい目を念じているのだろう。 ■筒 双六の賽を入れて振り出す道具。 ■中に思ひはありやすらむ 「さざれ石の中に思ひはありながらうち出づることのかたくもあるかな」(河海抄)。 ■あさへたる 「浅ふ」は軽薄なさま。 ■ひぢぢかに 語義未詳。「親しみやすい」と取る説による。 ■罪軽げ 「罪」は欠点。難点。 ■かくてさぶらふは… 内大臣は近江の君を弘徽殿女御の侍女にしようという腹があってこう言う。 ■手打たぬ 双六でよい目が出るの意。言葉遣いに育ちの悪さが丸出しである。 ■げに 直前の姫君の台詞を受けて。 ■さやうにても 「さ」は近江の君を奉公人のような形でも内大臣の身近に置くこと。 ■なべての仕うまつり人こそ 内大臣のような身分の高い貴族でなく、一般の奉公人は。 ■立ちまじらひて 多くの奉公人の中に。 ■心やすかべかめれ 「心やすかるべかるめれ」の音便形撥音無表記。 ■それだに 「それ」は「なべての仕うまつり人」。 ■その人のむすめ、かの人の子と知らるる際 貴族階級ではないが、奉公人としては名の通った、高い身分を想定。 ■まして 下に「私のような身分が高い人間であればあれこれ噂されるのは避けられません」の意を補って読む。 ■大壺 大便器。敬称をつけるような言葉ではない。当時は固定された便所がなく、便器で一回ごとに処理し、捨てた。その役を「樋洗《ひすまし》」という。 ■幼くはべりし時だに 子供は元来早口でべつだん注意するには当たらないが、その子供時代でさえ、の意。 ■故母 近江の君の母。素性は語られていない。 ■妙法寺 滋賀県東近江市妙法寺町にあった延暦寺の別院。現存せず。 ■別当 延暦寺の僧で妙法寺の長官を兼任している人。 ■産屋 近江の君が生まれるとき、安産祈願のために産屋にいたというのである。それが早口だったため近江の君にうつってしまったと。 ■たうびし 「たうぶ」は古風な男性的表現。姫君が使うような言葉ではない。 ■いと孝養の心深く 皮肉である。 ■瘖言吃とぞ… 「コノ経ヲ謗ルガ故ニ罪を得ルコトカクノ如シ。若シ人トナルコトヲ得レバ、諸根ハ暗鈍ニシテ、矬《せひくく》・ひきつり・躄《いざり》・盲《めくら》・聾《つんぼ》・傴僂《せむし》トナラン」(法華経・譬偸品)。 ■大乗 ここでは『法華経』のこと。 ■数えたるかし だから件の僧も法華経を悪く言ったかそれに類する罪を犯したのだろうの意。 ■子ながら、恥づかしくおはする御さま 弘徽殿女御。 ■言ひ散らさん 近江の君の欠点を。 ■思ひ返し 弘徽殿女御に近江の君を預けるという考えを。 ■女御 弘徽殿女御。 ■さる心して 女房たちに交わって立ち居振る舞いを見習うつもりで。 ■数まへ 一人前の扱いを受ける。 ■戴きても 召使いのように水桶を頭の上にのせて運搬してでも。 ■さへづれば 田舎者や身分の低い者がわけのわからないことを口走ること。 ■下り立ちて 「下り立つ」は身を入れること。熱心に取り組むこと。 ■薪拾ひたまはずとも 近江の君が「水を汲み、戴きても」といったのをより風雅に返した。「法華経をわが得しことは薪こり菜摘み水汲み仕えてぞ得し」(拾遺・哀傷 行基)による。この歌は『法華経』提婆達多品にある釈迦の奉仕を記した「果ヲ採リ水ヲ汲ミ、薪ヲ拾ヒ食を設ク」にもとづく(【賢木 27】)。 ■ただかのええものにしけん僧 前述の、姫君の出産祈願をして、早口の原因となったという妙法寺の別当大徳。本意は「早口はおよしなさい」。 ■同じき大臣 太政大臣・左大臣・右大臣・内大臣の四大臣。 ■んずる 「むとす」の約。『枕草子』「ふと心をとりとかするものは」に、感心しない言葉づかいの例として挙げられている。 ■よろしき日 陰陽師に吉日を占わせて決めよと。適当に言いくるめているのである。 ■よし よくは無いがまあ、仕方がないという程度のニュアンス。 ■何かは 下に「せむ」を補って読む。 ■さ思はれば 「さ」は「女御殿には参りはべらんずる」を受ける。 ■今日にても 下に「よからん」を補って読む。 ■のたまひ棄てて 内大臣は近江の君が予想以上に話が通じない相手だったので適当に切り上げる。 ■よき四位五位 内大臣に仕える人々。 ■今はひとつ口に言葉なまぜられそ 私は内大臣の娘なのだから、貴女とは格が違うのよ、いままでと同じ調子で話しかけてこないでの意。 ■そぼれたる 「戯《そぼ》る」は、戯れる。羽目をはずす。ふざける。 ■歌語 歌の贈答を中心とした物語。歌の詠まれた事情、背景などを語るもの。創作か事実かを問わない。 ■声づかひつきづきしくて 声の調子を歌語りの内容に合わせて。 ■残り思わせ 最後まで言い切らず、つづきを想像させる。 ■本末惜しみたるさまにて 和歌の詠み始めや詠み終わりをはっきりと発音せず、わざとぼかすことで、聞き手の注意を引きつける。 ■言葉たみて 「言葉たむ」は訛りがあること。参考「あづまにて養はれたる人の子は舌たみてこそものは言ひけれ」(拾遺・物名 読人しらず)。 ■わがままに誇りならひたる 近江の君がわがままにふるまったとも、乳母が好き放題やっていたとも取れる。前者に採る。 ■本末あはぬ歌 上の句と下の句がちぐはぐでつながらない歌。次に具体例がしめされる。

朗読・解説:左大臣光永