【行幸 11】玉鬘の裳着の準備 夕霧の心中

十六日、彼岸《ひがん》のはじめにて、いとよき日なりけり。近うまたよき日なし、と勘《かうが》へ申しける中《うち》に、宮よろしうおはしませば、いそぎ立ちたまうて、例の渡りたまうても、大臣に申しあらはししさまなど、いとこまかに、あべきことども教へきこえたまへば、あはれなる御心は、親と聞こえながらもあり難《がた》からむを、と思すものから、いとなむうれしかりける。

かくて後《のち》は、中将の君にも、忍びてかかる事の心のたまひ知らせけり。「あやしの事どもや。むべなりけり」と思ひあはする事どもあるに、かのつれなき人の御ありさまよりも、なほもあらず思ひ出でられて、思ひ寄らざりけることよ、としれじれしき心地す。されど、あるまじう、ねぢけたるべきほどなりけり、と思ひ返すことこそは、あり難きまめまめしさなめれ。

現代語訳

十六日は彼岸のはじめで、まことに吉日であった。その近くで他によい日はない、と陰陽師が占ったうえに、大宮のご病状がよくていらしたので、源氏の大臣は、急いでご準備なさって、例によって姫君(玉鬘)のところにおいでになり、内大臣に事の次第をお打ち明けに申したようすなど、まことに細々と、これからするべき心得の数々もお教え申しになられるので、姫君は、かたじけない大臣のお心は、親と申し上げる方であっても滅多にないだろうに、とお思いになるのだが、それでもやはり実の親にお会いするのは、まことに嬉しいお気持ちになるのだった。

このようになってからは、大臣は中将の君(夕霧)にも、こっそりとこうした事情をお知らせになられた。「いろいろと妙だと思っていたのだ。なるほどそういう事情なら当然だ」と、いろいろと考えあわせてみると、かの冷淡な人(雲居雁)のご様子よりも、姫君(玉鬘)のことが並々ならぬ方として思い出されて、思いもよらぬことだったよと、それに気づかなかった愚かさを悔いるのだった。そうはいっても、姫君(玉葛)に心移りするなどは、とんでもない、よこしまなことなのだと、思い返すのは、中将の、滅多にない実直さというものであろう。

語句

■十六日 二月。仲春の中旬で春たけなわ。 ■勘へ申しける中に 「勘ふ」は陰陽師が占った結果を報告する。「中に」はその上さらに強い条件が加わる。陰陽師が吉日と占ったことに加えて、大宮の病状がよいことが加わり、いよいよその日しか考えられない。 ■あべきことども 内大臣と対面するに当たっての心得。 ■事の心 事情。 ■むべなりけり 夕霧は野分の際に源氏と玉鬘の寄り添う姿を垣間見て、嫌悪感を抱いた(【野分 07】)。それもこれも、事情を知ってしまえば「なるほど」と思えることであった(実の父と娘ではなかったから)。 ■なほもあらず 並々でないものと。「なほ」は普通の意。 ■しれじれしき 「痴れ痴れし」。夕霧は、源氏と玉葛の関係に気づかなかった自分が愚かに思える。 ■

朗読・解説:左大臣光永