【野分 07】夕霧、源氏と玉鬘の親密な現場を見て嫌悪

原文

西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひけるなごりに寝過ぐして、今ぞ鏡なども見たまひける。「ことごとしく前駆《さき》な追ひそ」とのたまへば、ことに音せで入りたまふ。屏風《びやうぶ》などもみなたたみ寄せ、物しどけなくしなしたるに、日の華やかにさし出でたるほど、けざけざとものきよげなるさましてゐたまへり。近くゐたまひて、例の、風につけても同じ筋にむつかしう聞こえ戯《たはぶ》れたまへば、たへずうたてと思ひて、「かう心憂ければこそ、今宵《こよひ》の風にもあくがれなまほしくはべりつれ」と、むつかりたまへば、いとよくうち笑ひたまひて、「風につきてあくがれたまはむや、軽々《かるがる》しからむ。さりともとまる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添《そ》ひにけれ。ことわりや」とのたまへば、げに、うち思ひのままに聞こえてけるかな、と思して、みづからもうち笑みたまヘる、いとをかしき色あひ頬《つら》つきなり。酸漿《ほほづき》などいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙《ひま》々うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品《しな》高く見えざりける。その外《ほか》はつゆ難《なん》つくべうもあらず。

中将、いとこまやかに聞こえたまふを、いかでこの御|容貌《かたち》見てしがなと思ひわたる心にて、隅《すみ》の間《ま》の御簾《みす》の、几帳は添ひながらしどけなきを、やをらひき上げて見るに、紛るる物どもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かく戯れたまふけしきのしるきを、あやしのわざや、親子と聞こえながら、かく懐《ふところ》離れず、もの近かべきほどかは、と目とまりぬ。見やつけたまはむ、と恐ろしけれど、あやしきに心もおどろきて、なほ見れば、柱がくれにすこし側《そば》みたまへりつるを、引き寄せたまへるに、御髪《みぐし》のなみ寄りて、はらはらとこぼれかかりたるほど、女もいとむつかしく苦しと思うたまへる気色ながら、さすがにいとなごやかなるさまして、寄りかかりたまへるは、ことと馴れ馴れしきにこそあめれ。「いであなうたて。いかなることにかあらむ。思ひ寄らぬ隈《くま》なくおはしける御心にて、もとより見馴れ生《お》ほしたてたまはぬは、かかる御思ひ添ひたまへるなめり。むべなりけりや。あなうとまし」と思ふ心も恥づかし。女の御さま、げにはらからといふとも、すこし立ち退《の》きて、異腹《ことはら》ぞかしなど思はむは、などか心あやまりもせざらむ、とおぼゆ。昨日《きのふ》見し御けはひには、け劣りたれど、見るに笑《ゑ》まるるさまは、立ちも並びぬべく見ゆる。八重山吹の咲き乱れたる盛りに露のかかれる夕映《ゆふば》えぞ、ふと思ひ出でらるる。をりにあはぬよそへどもなれど、なほうちおぼゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたる蘂《しべ》などもまじるかし、人の御容貌《かたち》のよきは、たとへん方なきものなりけり。御前《おまへ》に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひきこえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ちたまふ。女君、

吹きみだる風のけしきに女郎花《をみなへし》しをれしぬべき心地こそすれ

くはしくも聞こえぬに、うち誦《ずむ》じたまふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見はてまほしけれど、近かりけりと見えたてまつらじと思ひて、立ち去りぬ。御返り、

した露になびかましかば女郎花あらき風にはしをれざらまし

なよ竹を見たまへかし」など、ひが耳にやありけむ。聞きよくもあらずぞ。

現代語訳

西の対では、恐ろしがりながら夜をお明かしになった名残で、女君(玉鬘)は寝過ごして、たった今、鏡なども御覧になっていらっしゃるのだった。(源氏)「おおげさに先払いをしないように」と大臣(源氏)はおっしゃって、あまり音を立てないで部屋の中にお入りになる。

屏風などもすっかり部屋の隅にたたみ寄せて、調度品が乱れているところに、日の光が華やかにさしこんでくるので、女君は、なんとなく清らかなようすで座っていらっしゃる。大臣は、例によって、昨夜の風のお見舞いにつけても、同じように懸想じみた戯れ言を申し上げなさるので、女君は、なんと嫌なことと思って、(玉鬘)「こんなに残念な思いをするなら、昨夜の風についてどこかへ行ってしまえばよろしゅうございました」と、ご機嫌を悪くなさると、大臣は、まことによくお笑いになられて、(源氏)「風についてどこかに行ってしまわれるなんて、軽率でしょう。それにしても貴女にはどこか心惹かれる所があるらしい。だんだんこうして私を遠ざけるお心が出てきましたね。それも当然ですが」とおっしゃると、女君は、「なるほど、ふと思ったままに申し上げてしまったこと」とお思いになって、ご自身もお笑いになる。それはまことに美しい色つや、お顔立ちである。酸漿《ほおずき》などいうようなもののようにふっくらして、髪がふりかかった、その隙間から見える御肌は可愛らしく思われる。目元があまりににこやかなのが、それほど上品には見えないのだった。その他はすこしも文句のつけようがない。

中将は、父大臣がまことにこまやかにお語らいになっていらっしゃるので、どうにかしてこの女君の御姿を見てみたいとずっと考えていたので、隅の間の御簾の、几帳はそばにあるが、整然と立ててはいないのを、そっとひき上げて見ると、邪魔になる物どもも取り除けてあるので、奥までとてもよく見える。

こうしてお戯れになっておられるようすがはっきり見えるのを、奇妙なことだ、親子と申しながら、このように懐深くに、近づいてよいご年齢でもあるまいに、と目を惹かれる。お気づきになるのではないか、と恐ろしいけれど、不可解さに心も惹きつけられて、それでもやはり見つづけていると、女君(玉鬘)が柱隠れにすこし横を向いていらっしゃったのを、大臣がお引き寄せになると、女君の御髪が片方にゆらいで、はらはらとこぼれかかっている間、女もひどく厭わしく困っておられる様子ではありながら、そうはいってもまことに素直に大臣に寄りかかっていらっしゃるのは、ひたすら馴染みの関係であるように思われる。(夕霧)「ああなんと破廉恥な。これはどうしたことか。父上は色恋の道に関しては、抜け目なくいらっしゃるご性分だから、幼い頃から世話をしてお育てになったわけではない娘に対しては、こんな色めいたお気持をお持ちになるのだろう。当然のことだったのだ。ああ嫌だ」とそのように思うご自分の心までも恥ずかしいと思われる。女のお姿は、なるほど姉弟とはいっても、少し縁遠く、腹違いなのだ、などと考えたら、心得違いもしでかしかねない、とつい思ってしまうほど魅力的である。昨日お見かけした御方(紫の上)のご気配には、どことなく及ばないようだが、見るからに微笑んでしまうお姿は、あちらの御方(紫の上)と肩をならべられるように見える。八重山吹の咲き乱れている盛りに露がふりかかった夕映えの美しさがふと思い出される。季節外れのたとえではあるが、それでもやはり中将にはそう感じられるのである。花の美しさには限りがあり、ほつれ乱れた蘂なども交じるものだが、この女君のご器量の良さは、たとえようもないものなのであった。女君の御前には誰も上がらず、大臣は実にこまやかにひそひそとお語らい申し上げさなっていたが、どうしたことか、大臣は急に真顔になってお立ちになる。女君、

吹きみだる……

(吹き乱れる風のようすに女郎花がしおれてしまう気配です。そんなふうに、私は貴方の強引なやりようによって、弱り果ててしまいそうです)

詳しくは聞こえなかったが、大臣が女君が詠んだ御歌をお唱えになるのをほのかに聞くと、いまいましいが同時に気にもなるので、中将は、やはり最後まで見ていたかったが、自分がこんなに近くにいたことを大臣に気づかれまいと思って、立ち去った。御返り、

(源氏)した露に……

(木の下露になびいてしまえば、女郎花も荒い風にしおれないでしょうに)

なよ竹を御覧なさい」など、聞き間違いであろうか、耳に心地よいことでもなかった。

語句

■西の対 花散里の住む東北の町の西の対。玉鬘が住む。 ■今ぞ鏡なども 寝起きの顔をつくろうために鏡を見ている。 ■同じ筋に 前々から源氏は玉鬘に言い寄っていたが、今回も同じように。 ■今宵 朝に言う「今宵」は昨夜のこと。 ■風につきてあくがれ 「風」は他の男を想定。 ■かかる御心むけ 源氏を嫌う気持ち。 ■ことわりや 自分のような者に言い寄られて嫌なのは当然だと、半ば自虐的に、冗談めかして言う。 ■酸漿 茄子科の多年草。赤い実をつける。玉鬘の赤い頬をたとえる。 ■わららかなる 「人ざまのわららかに、け近くものしたまへば」(【蛍 01】)。 ■几帳は添ひながらしどけなきを 几帳が御簾のそばに立ててあるが、並行にではなく、無造作に立ててある。 ■親子と聞こえながら 夕霧は、源氏と玉鬘を実の親子と思っているから、親密すぎる態度に不審を抱く。 ■懐離れず 抱きかかえるような動作。 ■もの近かべきほどかは 玉鬘この時二十ニ歳。 ■心もおどろきて 目だけでなく心も。 ■ことと ひたすら。 ■むべなりけり 源氏の色好みな性格と、玉鬘が幼い頃から源氏に養育されていたわけではないという状況から、源氏が玉鬘に色めいた気持を抱くのは当然だったと夕霧は考え、嫌悪感を抱く。 ■思ふ心も恥づかし 源氏と玉鬘の関係について邪推する自分のその気持さえ厭わしいと。夕霧のまじめで潔癖症なところが出ている。 ■げに 世間でよく言われているように。 ■心あやまり 玉鬘に対して色めいた気持を抱くこと。 ■八重山吹の かつて源氏が正月に玉鬘に「山吹の花の細長」を贈った(【玉鬘 17】)。紫の上を「樺桜」とたとえているのと対応。 ■夕映え 夕方に光の具合で人・物・景色が美しく映えて見えること。 ■をりにあはぬよそへ 八重山吹も樺桜も春のもの。今は秋。 ■まめだちて 源氏は玉鬘に強い拒絶の言葉でも言われたか。 ■吹きみだる… 「吹きみだる風」は強引に玉鬘に迫る源氏。「女郎花」は玉鬘。 ■うち誦じたまふ 玉鬘がよんだ歌を源氏が。 ■した露に… 「した露」は源氏が玉鬘を想う心。 ■なよ竹 なよ竹は風になびくから折れないの意。

朗読・解説:左大臣光永

■【古典・歴史】メールマガジン
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル