【真木柱 15】髭黒、御子たちを連れ帰る 紫の上、一連の騒動に心を痛める

原文

小君達《こきむだち》をば車に乗せて、語らひおはす。六条殿にはえ率《ゐ》ておはせねば、殿にとどめて、「なほここにあれ。来て見んにも心やすかるべく」とのたまふ。うちながめていと心細げに見送りたるさまどもいとあはれなるに、もの思ひ加はりぬる心地すれど、女君の御さまの見るかひありてめでたきに、ひがひがしき御さまを思ひくらぶるにもこよなくて、よろづを慰めたまふ。

うち絶えて訪《おとづ》れもせず。はしたなかりしにことつけ顔なるを、宮にはいみじうめざましがり嘆きたまふ。

春の上も聞きたまひて、「ここにさへ恨みらるるゆゑになるが苦しきこと」と嘆きたまふを、大臣の君、いとほしと思して、「難《かた》きことなり。おのが心ひとつにもあらぬ人のゆかりに、内裏《うち》にも心おきたるさまに思したなり。兵部卿宮なども、怨《ゑ》じたまふと聞きしを、さいヘど、思ひやり深うおはする人にて、聞きあきらめ、恨みとけたまひにたなり。おのづから、人の仲らひは忍ぶることと思へど、隠れなきものなれば、しか思ふべき罪もなしとなん思ひはべる」とのたまふ。

現代語訳

大将は、幼い男君たちを車に乗せて、お話しあいながらお帰りになる。御子たちを六条殿に連れて行くことはおできにならないので、ご自邸にとどめて、(髭黒)「やはりここにいなさい。私が会いに来るのにも安心だから」とおっしゃる。御子たちかぼんやり眺めてひどく心細げに見送っているそれぞれの様子がひどく痛々しいので、大将はもの思いの種がまたひとつ加わった心地であるが、女君(玉鬘)のご様子が、見栄えがして美しいので、北の方の見苦しいご様子を思い比べると、それは大変な違いで、すべての悩み事も慰めになられる。

大将はその後、宮家へはふっつりと訪れもしない。あの不体裁な仕打ちを口実にしているようなのを、宮(式部卿宮)はひどく心外に思ってお嘆きになる。

春の上(紫の上)もお聞きになって、(紫の上)「私までも恨まれる原因になるのが心苦しいことで」とお嘆きになるのを、大臣の君(源氏)は気の毒とお思いになって、(源氏)「むずかしいことです。私の心ひとつでどうにかなるものではない人の縁故であるのに、帝も私のことをおもしろからずお思いになられるようです。兵部卿宮なども、私を怨んでいらっしゃると聞きましたが、そうはいっても、あの方は物の道理をわきまえた方ですので、事情をきいてはっきりしたら、恨みもといてくださったということです。男女の関係は、隠していても自然と表にあらわれてくるものですから、この件について、貴女や私が気にしなければならないような過失など、ないと思っております」とおっしゃる。

語句

■小君達 八歳と十歳の二人の男子。 ■ひがひがしき御さま 北の方が物の怪に憑かれて、灰をあびせかけたりしたこと。 ■はしたなかりしにことつけ顔なるを 髭黒は式部卿宮から面会を断られた決まりの悪さを逆手に取って、宮家への訪れをまったくしなくなり、北の方との縁を断ち切ってしまう。 ■恨みらるるゆゑ 式部卿宮の北の方は、前々から紫の上におもしろからぬ思いを抱いていたが、今回の件でその思いが爆発した。紫の上と源氏が髭黒をそそのかして、玉鬘に没頭するようにしむけたと北の方は思っているらしい(【真木柱 13】)。 ■難きことなり 源氏はかつて夕霧に問われた際、同様なことを言った(【藤袴 03】)。 ■兵部卿宮なども かつて夕霧は源氏に対して兵部卿宮との関係を問うた(【同上】)。 ■聞きあきらめ 玉鬘の結婚について。源氏の策略ではなく髭黒の暴走であったとわかったの意。 ■おのづから 恋愛ごとは秘めていても自然と世にあらわれてくるというのが一般論で、この場合は髭黒と玉鬘の件が髭黒の暴走した結果であり、源氏と紫の上にはなんの責任もないのだと、それを世間もいずれ知るようになるだろうと。源氏はそう言うことによって、紫の上の心配を慰めるのである。 ■しか思ふべき罪 「しか」は「ここにさへ恨みらるるゆゑ」。紫の上が心配しているような、「こちらに非があるように世間が取りざたしないか」ということは、心配することはないと、源氏は紫の上を慰めるのである。

朗読・解説:左大臣光永