【真木柱 16】髭黒、玉鬘を出仕させる
かかる事どもの騒ぎに、尚侍《かむ》の君の御気色いよいよ晴れ間《ま》なきを、大将はいとほしと思ひあつかひきこえて、「この参りたまはむとありしことも絶えきれて、妨《さまた》げきこえつるを、内裏《うち》にもなめく心あるさまに聞こしめし、人々も思すところあらむ、公人《おほやけびと》を頼みたる人はなくやはある、と思ひ返して、年返りて参らせたてまつりたまふ。男踏歌《をとこたふか》ありければ、やがてそのほどに、儀式いといかめしう二《に》なくて参りたまふ。方々《かたがた》の大臣たち、この大将の御|勢《いきひほ》さへさしあひ、宰相中将ねむごろに心しらひきこえたまふ。せうとの君たちも、かかるをりにと集《つど》ひ、追従《ついしよう》し寄りて、かしづきたまふさまいとめでたし。
承香殿《しようきやうでん》の東面《ひむがしおもて》に御|局《つぼね》したり。西の宮の女御はおはしければ、馬道《めだう》ばかりの隔てなるに、御心の中ははるかに隔たりけんかし。御方々いづれともなくいどみかはしたまひて、内裏《うち》わたり心にくくをかしきころほひなり。ことに乱りがはしき更衣《かうい》たち、あまたもさぶらひたまはず。中宮、弘徽殿《こきでん》女御、この宮の女御、左の大殿の女御などさぶらひたまふ。さては中納言宰相の御むすめ二人《ふたり》ばかりぞさぶらひたまひける。
現代語訳
こうしたさまざまな騒ぎによって、尚侍の君(玉鬘)のご気分がますます晴れる時もないのを、大将は気の毒と思って、あれこれご機嫌を取り、「今回ご出仕なさることになっていたことも中止となって、私が妨げ申し上げたことを、帝も無礼なこととおぼしめし、私が帝に対して何か不満があってやっていることのようにお聞きになり、大臣たちもおもしろからぬお気持ちだろう。朝廷にお仕えしている人を妻としている人もあるのだから」と思いなおして、年が明けてから大将は姫君を参内させなさる。この年は男踏歌があったので、ちょうどその時期に、参内の儀式をたいそうおごそかになさり、類もないほどの立派さで、姫君(玉鬘)は宮中にお参りになる。両大臣(源氏と内大臣)に、この大将(髭黒大将)のご権勢までも加わって、宰相中将(柏木)が、熱心に心をくばってお世話申し上げなさる。兄君たちも、こうした折に役に立たなくてはと集まって、つきまとって、姫君にご奉仕なさるさまは、まことに結構なものである。
姫君(玉鬘)は承香殿の東面に御局をいただいた。その西側には式部卿宮の女御(王女御)がいらっしゃったので、馬道ぐらいの距離だけのへだたりであるが、御心の内ははるかにへだたっていたであろう。
御方々はどなたともなくお互いにお競いあいになって、宮中のあたりは奥ゆかしく、おもしろい時期なのである。べつだん出自の悪い更衣たちは、そう多くお仕えしていらっしゃるわけではない。中宮(秋好中宮)、弘徽殿女御、この式部卿宮の女御(王女御)、左大臣の女御などがお仕えなさっている。そのほかは中納言と宰相の御むすめが二人だけが、お仕えなさっている。
語句
■御気色いよいよ晴れ間なき 前に「身の心づきなう思し知らるれば」(【真木柱 14】)とあったのと対応。 ■この参りたまはむとありしこと 玉鬘は尚侍として参内することになっていたが、髭黒との結婚によってそのが中止となった。 ■なめく 「なめし」は失礼だ。無作法だ。 ■心ある 髭黒がなにか意趣があって帝にたてついているの意。 ■人々も 尊敬表現があるので源氏と内大臣とみる。 ■公人を頼みたる人なくやはある玉鬘の出仕は髭黒との結婚によって中止となったが、考えてみれば出仕している人を妻としている例も世の中にある。だから玉鬘が出仕してもかまわないのだという理屈。 ■男踏歌 宮中の正月行事。物語中ではニ年ぶり(【初音 09】)。 ■儀式 尚侍参内の儀式。 ■宰相中将 柏木。もともと玉鬘に求婚する一人だったが、玉鬘が実の姉と知ってからは、上司である髭黒のサポートに回っている(【藤袴 06】)。 ■せうとの君たち 内大臣の子ら。柏木の兄弟。玉鬘の異母弟。彼らは玉鬘が宮仕えする折に世話をしようと、それまで会うことを控えていた(【藤袴 04】)。 ■承香殿 仁寿殿の北、常寧殿の南。 ■宮の女御 式部卿宮の娘、王女御。 ■馬道ばかりの隔て 玉鬘と王女御は馬道(廊下)を隔てて隣り合っている。距離的には近いが、心理的な距離は遠い。それは玉鬘が夫髭黒とその背後の源氏を代表しているのに対し、王女御が式部宮家を代表し、両者は対立しあう関係であるため。 ■御方々 冷泉帝の中宮はじめ女御更衣たちのこと。 ■左の大殿の女御 【行幸 02】の左大臣と同一人物か。 ■中納言宰相のむすめ いずれも更衣。