【藤袴 06】髭黒大将、玉鬘との縁組に執心

大将は、この中将は同じ右の次将《すけ》なれば、常に呼びとりつつ、ねむごろに語らひ、大臣にも申させたまひけり。人柄もいとよく、朝廷《おほやけ》の御|後見《うしろみ》となるべかめる下形《したかた》なるを、などかはあらむと思しながら、かの大臣のかくしたまへることを、いかがは聞こえ返すべからん、さるやうあることにこそ、と心得たまヘる筋さへあれば、まかせきこえたまへり。

この大将は、春宮《とうぐう》の女御の御|兄弟《はらから》にぞおはしける。大臣たちを措《お》きたてまつりて、さし次《つ》ぎの御おぼえいとやむごとなき君なり。年三十二三のほどにものしたまふ。北の方は紫の上の御姉ぞかし。式部卿宮の御|大君《おほいきみ》よ。年のほど三《み》つ四《よ》つが年上《このかみ》は、ことなるかたはにもあらぬを、人柄やいかがおはしけむ、媼《おうな》とつけて心にも入れず、いかで背きなんと思へり。その筋により、六条の大臣は、大将の御事は、似げなくいとほしからむと思したるなめり。色めかしくうち乱れたるところなきさまながら、いみじくぞ心を尽くし歩《あり》きたまひける。「かの大臣も、もて離れても思したらざなり。女は宮仕をものうげに思いたなり」と内《うち》々の気色も、さるくはしきたよりしあれば、漏り聞きて、「ただ大殿《おほとの》の御おもむけのことなるにこそはあなれ。実《まこと》の親の御心だに違《たが》はずは」と、この弁のおもとにも責めたまふ。

現代語訳

大将(髭黒大将)は、この中将(柏木)は同じ右近衛府の次官であるので、いつも呼びよせて、熱心に頼みこんでは、内大臣にも、姫君(玉鬘)と結婚したい旨を、お取次がせになられるのだった。人柄もとてもよく、将来、朝廷のお世話役となるにちがいない候補者であるので、どうして姫君の婿としてふさわしからぬことがあろうかと、内大臣はお思いになるのだが、あの太政大臣(源氏)がこうして姫君の出仕のはからいをなさっているのに、どうやって反論申すことができよう、さらに大臣と姫君との間にしかるべき関係ができていると、お考えになっている事情まであるのだから、内大臣は大臣(源氏)に、すべておまかせ申し上げていらっしゃる。

この大将(髭黒大将)は、春宮の女御の御兄弟でいらっしゃるのであった。大臣たちをお除き申せば、それに次いで帝からの御おぼえのなみなみならぬ君である。年は三十ニ三ぐらいでいらっしゃる。北の方は紫の上の御姉君なのである。式部卿宮の長女でいらっしゃる。北の方の御年が三つ四つ上なのは、べつだん珍しいことでもないのだが、人柄に問題でもあったのだろうか、媼と名付けて気にもかけず、どうにかして離縁したいと思っている。そのような事情により、六条の大臣(源氏)は、大将(髭黒大将)と姫君(玉鬘)とのご縁談は、似つかわしくなく、気の毒なことになるだろうとお思いになっていらっしゃるようだ。色めいたことにお乱れになるところはないようなご様子であるが、この姫君(玉鬘)に対しては、たいそう心を尽くしてご奔走なさっておられる。

「あの内大臣も、大将(鬚黒)と姫君(玉鬘)とのご縁談を、もっての他のこととお思いにではないようだ。また、女(玉鬘)は宮仕えに気が進まないと思っていらっしゃるということだ」と内々のようすも、しかるべき詳しい手づるがあるので、漏れ聞いて、(髭黒大将)「ただ大殿(源氏)のご意向が違っていらっしゃるだけのこと。実の親(内大臣)のお心さえ違っていなければ」と、この弁のおもとをも、お責めになる。

語句

■大将 髭黒大将。 ■この中将 柏木は右近衛府の次官で髭黒の直属の部下。 ■大臣にも申させたまへり 髭黒が柏木に仲介をたのんで、玉鬘と結婚したい意向を内大臣に伝えさせるのである。 ■朝廷の御後見となるべき下形 摂関として将来朝廷の後見人となる候補者。 ■などかはあらむ 髭黒を玉鬘の婿として何の問題があろうか。何の問題もないの意。 ■かの大臣のかくしたまへること 内大臣は玉鬘の進退にかんして、内心不満をいだきつつも源氏に従うほかない(【行幸 15】)。 ■春宮の女御 現春宮の母。朱雀院の女御・承香殿女御(【澪標 03】)。 ■大臣たち 源氏と内大臣のこと。髭黒大将の権勢はそれにつぐ。 ■北の方は紫の上の御姉 初出。式部卿宮の長女で紫の上の異母姉にあたる。 ■人柄やいかがおはしけむ なにか性格に問題があるらしい。 ■その筋により 前に源氏が、鬚黒大将が北の方を嫌っていると玉鬘に語る場面があった(【胡蝶 04】)。 ■色めかしく… 「いとまめやかにことごとしきさましたる人の、恋の山には孔子の倒れまねびつべき気色に愁へたる」(【同上】)。 ■さるくはしきたより 柏木からの情報。柏木はかつては自分が玉鬘に懸想していたが、実の姉とわかると今度は上司である髭黒を補佐することに徹する。 ■弁のおもと 玉鬘つきの女房。初出。 ■責めたまふ 「責む」は責める。強く要求する。

朗読・解説:左大臣光永