【藤袴 04】求婚者たち、玉葛の入内に動揺する

原文

かくて御|服《ぶく》など脱ぎたまひて、「月立たばなほ参りたまはむこと忌《いみ》あるべし。十月ばかりに」と思しのたまふを、内裏《うち》にも心もとなく聞こしめし、聞こえたまふ人々は、誰《たれ》も誰もいと口惜しくて、この御参りのさきに、と心寄せのよすがよすがに責めわびたまへど、吉野の滝を堰《せ》かむよりも難《かた》きことなれば、「いとわりなし」とおのおの答《いら》ふ。

中将も、なかなかなることをうち出でて、いかに思すらむ、と苦しきままに、駆《かけ》り歩《あり》きて、いとねむごろに、おほかたの御後見を思ひあつかひたるさまにて、追従《ついしよう》し歩《あり》きたまふ。たはやすく軽《かる》らかにうち出でては聞こえかかりたまはず、めやすくもてしづめたまへり。

実《まこと》の御|兄弟《はらから》の君たちはえ寄り来ず、宮仕《みやづかへ》のほどの御後見を、とおのおの心もとなくぞ思ひける。頭《とうの》中将、心を尽くしわびしことはかき絶えにたるを、うちつけなりける御心かな、と人々はをかしがるに、殿の御使にておはしたり。なほもて出でず、忍びやかに御|消息《せうそこ》なども聞こえかはしたまひければ、月の明《あ》かき夜、桂《かつら》の陰《かげ》に隠れてものしたまへり。見聞き入るべくもあらざりしを、なごりなく南の御簾《みす》の内に据《す》ゑたてまつる。

現代語訳

こうして姫君(姫君)は御喪服などもお脱ぎになられて、「月がかわれば、やはりご出仕なさるには障りがあろう。十月ごろに」と大臣(源氏)はお考えになるのを、帝も待ち遠しくおぼしめし、これまで姫君(玉鬘)に求婚してきた人々は、誰も誰もひどく残念で、このご出仕の前になんとかお会いしたいと、つてのあるあの女房この女房に訴え残念がりなさるけれど、姫君を引き止めることは吉野の滝をせき止めるよりも難しいことなので、「まったく打つ手がありません」と女房たちはおのおの答える。

中将(夕霧)も、言わないでよかったことを口に出して、姫君はどう思っていらっしゃるだろうかと気がかりなので、かけずり回って、まことに熱心に、ひととおりのお世話役をつとめるようすで、ご機嫌とりをしてまわっていらっしゃる。めったなことで軽薄にお気持を表に出すということはなさらないで、体裁をつくろってお気持ちを抑えていらっしゃる。

実の御兄弟の君たちは近くに寄り来ることができず、姫君(玉鬘)の宮仕えについての御世話をしたいと、めいめい心もとなく思うのだった。頭中将(柏木)が、心を尽くして姫君に思いを訴えていたが、それがすっかり絶えてしまったのを、「あっさりした御心ですこと」と女房たちはおもしろがっているところに、その頭中将(柏木)が、内大臣の御使としていらっしゃった。この期に及んで姫君はまだはっきりした態度をとらず、かつてひそかに御消息なども申し交わしていらっしゃったから、月の明るい夜のことで、中将は、桂の木陰に隠れておいでになる。姫君はこれまでは文を見ようとも話をきこうともなさらなかったが、今回は、すっかり南の御簾の前にお通し申すのである。

語句

■御服など脱ぎたまひて 十三日に除服の予定(【藤袴 02】)。 ■月立たば… 月の吉凶が悪いので。 ■聞こえたまふ人々 これまで玉鬘に求婚してきた人々。兵部卿宮や鬚黒右大将。 ■心寄せの 便宜のある。つてのある。 ■吉野の滝を堰かむよりも 「手をさへて吉野の滝は堰きつとも人の心をいかがたのまむ」(古今六帖四)。 ■なかなかなること 玉鬘に恋心を告白したこと(【藤袴 02】)。前も「なかなかにもうち出でてけるかな」(【藤袴 03】)とあった。 ■おほかたの御後見 恋心からでなく単なる親切心からの世話。 ■え寄り来ず 源氏に遠慮して。 ■頭中将 柏木。玉鬘に熱心に言い寄っていたが、実の姉と知ってからはそれも途絶えた。 ■うちつけなりける 「打ち付け」は深い考えがない。軽率だ。 ■なほもて出でず 実の姉妹とわかった今となっては直接顔をあわせて本音で話せばいいのに、そうはしないの意。 ■桂の蔭に隠れて 月の中に桂の木が生えているという言い伝えによる。 ■見聞き入るべくもあらざりし 柏木の懸想文は玉鬘から相手にされなかった(【胡蝶 04】)。 ■南の御簾の前に 寝殿造りで南側は正客を迎えるところ。柏木への待遇が上がっている。

朗読・解説:左大臣光永