【藤袴 03】夕霧、玉鬘について源氏に問いただす

原文

なかなかにもうち出でてけるかな、と口惜《くちを》しきにつけても、かのいますこし身にしみておぼえし御けはひを、かばかりの物越しにても、ほのかに御声をだに、いかならむついでにか聞かむ、と安からず思ひつつ、御前に参りたまへれば、出でたまひて、御返りなど聞こえたまふ。

「この宮仕《みやづかへ》を、しぶげにこそ思ひたまへれ。宮などの練《れん》じたまへる人にて、いと心深きあはれを尽くし、言ひ悩ましたまふに、心やしみたまふらんと思ふになん心苦しき。されど、大原野《おほはらの》の行幸に、上を見たてまつりたまひては、いとめでたくおはしけり、と思ひたまへりき。若き人は、ほのかにも見たてまつりて、えしも宮仕の筋もて離れじ。さ思ひてなん、このこともかくものせし」などのたまへば、「さても人ざまは、いづ方につけてかは、たぐひてものしたまふらむ。中宮かく並びなき筋にておはしまし、また弘徽殿《こきでん》やむごとなくおぼえことにてものしたまへば、いみじき御思ひありとも、立ち並びたまふこと難《かた》くこそはべらめ。宮はいとねむごろに思したなるを、わざとさる筋の御宮仕にもあらぬものから、ひき違《たが》へたらむさまに御心おきたまはむも、さる御仲らひにては、いとほしくなん聞きたまふる」と、大人《おとな》大人しく申したまふ。「難《かた》しや。わが心ひとつなる人の上にもあらぬを、大将さへ我をこそ恨むなれ。すべてかかることの心苦しさを見過ぐさで、あやなき人の恨み負ふ、かへりては軽々《かるがる》しきわざなりけり。かの母君の、あはれに言ひおきしことの忘れざりしかば、心細き山里になむと聞きしを、かの大臣はた、聞き入れたまぶべくもあらずと愁へしに、いとほしくてかく渡しはじめたるなり。ここにかくものめかすとて、かの大臣も人めかいたまふなめり」と、つきづきしくのたまひなす。「人柄は、宮の御人にていとよかるべし。今めかしく、いとなまめきたるさまして、さすがに賢く、過ちすまじくなどして、あはひはめやすからむ。さてまた宮仕《みやづかへ》にも、いとよく足らひたらんかし。容貌《かたち》よくらうらうじきものの、公事《おほやけごと》などにもおぼめかしからず、はかばかしくて、上の常に願はせたまふ御心には違《たが》ふまじ」など、のたまふ気色《けしき》の見まほしければ、「年ごろかくてはぐくみきこえたまひける御心ざしを、ひがざまにこそ人は申すなれ。かの大臣もさやうになむおもぶけて、大将のあなたさまのたよりに気色ばみたりけるにも、答《いら》へたまひける」と聞こえたまへば、うち笑ひて、「方々《かたがた》いと似げなきことかな。なほ、宮仕をも何ごとをも御心ゆるして、かくなんと思されんさまにぞ従ふべき。女は三《み》つに従ふものにこそあなれど、ついでを違《たが》ヘおのが心に任せんことは、あるまじきことなり」とのたまふ。「内内《うちうち》にも、やむごとなきこれかれ年ごろを経てものしたまへば、えその筋の人数《ひとかず》にはものしたまはで、捨てがてらにかく譲りつけ、おほぞうの宮仕の筋に、領《らう》ぜんと思しおきつる、いと賢くかどあることなりとなん、よろこび申されけると、たしかに人の語り申しはべりしなり」と、いとうるはしきさまに語り申したまへば、げに、さは思ひたまふらむかしと思すに、いとほしくて、「いとまがまがしき筋にも思ひ寄りたまひけるかな。いたり深き御心ならひならむかし。いまおのづから、いづ方につけても、あらはなることありなむ。思ひ隈《ぐま》なしや」と笑ひたまふ。

御気色はけざやかなれど、なほ疑ひはおかる。大臣も、「然《さ》りや。かく人の推《お》しはかる、案《あん》におつることもあらましかば、いと口惜《くちを》しくぢづけたらまし。かの大臣に、いかでかく心清きさまを、知らせたてまつらむ」と思すにぞ、げに宮仕の筋にて、けざやかなるまじく紛れたるおぼえを、かしこくも思ひ寄りたまひけるかな、とむくつけく思さる。

現代語訳

中将(夕霧)は、なまじ打ち明けてしまわなければよかった、と悔やまれてくるにつけても、この姫君(玉鬘)よりも、もうすこし身にしみて思われた御方(紫の上)のご気配を、さっきのように物越しにでも、せめて少し御声を、何とかして機会があったら聞きたいものだと、心安からず思いながら、父大臣(源氏)の御前にお参りになると、父大臣がお出でになったので、姫君からのご返事などをご報告なさる。

(源氏)「この宮仕えを、姫君(玉鬘)は気がすすまないことに思っていらっしゃるのだね。兵部卿宮などのこの道に長じていらっしゃる方が、実に心深いなさけを尽くして、言い悩ましていらっしゃるので、そちらにお心がひかれていらっしゃるのだろうかと思うにつけ、宮仕えの話をすすめるのは気の毒になる。しかし、大原野の行幸で、帝を御覧になられた時は、まことにすばらしい御方でいらっしゃることと、思っていらっしゃった。若い女性は、ほんの少しでも帝を拝見しては、宮仕えの希望を振り捨てる気など起こらないだろう。そのように考えて、この宮仕えのことも取り計らったのだが」などとおっしゃると、(夕霧)「それにしても姫君のお人柄としては、どちらの方に落ち着かれるのが、お似合いでございましょう。中宮は、あのように並びなきお立場でいらっしゃいますし、また弘徽殿女御は高貴で、帝のおぼえも格別でいらっしゃいますので、たとえ帝のたいそうなご寵愛があるとしても、これらの御方々と立ち並びなさることは難しくございましょう。兵部卿宮は姫君(玉鬘)のことをたいそう熱心にお思いになっていらっしゃるということですから、格別にしかるべき女御などになっての御宮仕えというわけではないにしても、宮仕えということになっては、兵部卿宮は、のけものにされたような御気になってご不快でしょう。それも、父君と宮とのご親密な関係をもってしては、お気の毒なことにうかがっております」ととても大人びて申し上げなさる。

(源氏)「難しいものだ。私の心ひとつでどうこうできる姫君(玉鬘)の身の上でもないのに、大将(髭黒大将)までも私を恨んでいるというよ。すべてああした気の毒なありさまを見過ごせないで姫君(玉鬘)を引き取ってしまった結果、人からとんでもない恨みを買うのは、かえって軽率なふるまいであったのだ。あの姫君(玉鬘)の母君(夕顔)が、心をこめてご遺言なさったことが忘れられなかったので、姫君(玉鬘)が、心細い山里にいらっしゃると聞いたのを、あの内大臣はまた、お聞き入れなさりそうにもないと残念がっていたので、気の毒で、このように引き取ることになったのだ。こちら(六条院)で姫君が大切にされているときいて、あの内大臣も姫君を人並みにお扱いになる気になられたらしい」と、もっともらしく言いつくろいなさる。

(源氏)「姫君のお人柄は、宮の御夫人としてまことに理想的だろう。今風にはなやかで、たいそう美しげなようすで、それでいて賢くもあり、過ちなど犯しそうもないようすで、御夫婦として相応の御仲に見えるだろう。また一方で宮仕えに出ても、とてもよく勤めをはたすだろう。顔立ちがよく可愛らしいが、公事などにもたどたどしいところがなく、しっかりしており、帝が常にこういう人をとお望みあそばす、その御心に違えることはあるまい」などとおっしゃる、そのご真意を知りたく思うので、中将(夕霧)は、「長年こうして姫君をご養育していらっしゃる父君の御心ざしを、変に誤解して世間の人が噂しているそうでございます。あの内大臣も、そのような意味あいをこめて、大将(鬚黒大将)があちらをたよって姫君との結婚を申し込んだ時にも、お答えなさいました」と申し上げなさると、大臣(源氏)はにっこり笑って、(源氏)「どれもこれも、ひどく的外れな噂であるよ。結局は、宮仕えをするにせよなんにせよ、実父(内大臣)のおゆるしがあって、こうせよとお思いになることに従わねばならない。女は三つのものに従うべきものだそうだが、順序を誤って、私の心のままにふるまうことは、あってはならないことだ」とおっしゃる。

(夕霧)「内大臣は内輪の話にも、『六条院には高貴な御方々が長年の間お暮らしでいらっしゃるので、姫君(玉鬘)をそうした高貴な御方々に混じって人数に数えられることはできないので、源氏の大臣は、なかば捨てるつもりでこうして私(内大臣)に譲って、おおかたの宮仕えをさせて、姫君を手に入れてしまおうとのお心づもりだった、まことに賢く頭のよいことであったと』と内大臣がよろこんで申されたと、たしかにある人が語り申したのです」と、まことにはっきりとお話申し上げるので、大臣は、なるほど、そのようにお思いになってもいようとお思いになるにつけ、お気の毒なので、(源氏)「内大臣は、ひどく忌まわしいことを邪推なさったものだね。何から何まで御気をまわしすぎるご性分からだろうよ。いまに自然と、どっちにしても、はっきりとてくるだろう。あれこれ気を回すお方ではあるよ」とお笑いになる。

ご様子は潔白そうであるが、それでもやはり疑いは残る。大臣も、「そうであったのか。そのように世間の人が想像していることが、思っているとおりにでもなったら、ひどく残念で、まともでないことだろう。あの内大臣に、どうにかして私がこのとおり潔白であることを、お知らせ申しあげねば」とお思いになるにつけても、いかにも、宮仕えという表向きで、曖昧のうちにごまかしている姫君への気持を、内大臣は恐ろしくもお見破りなさったことだと、気味悪くお思いになる。

語句

■御けはひ 紫の上のこと。夕霧は野分の翌日、紫の上を偶然かいま見てから、その姿が脳裏をはなれない(【野分 02】)。 ■かばかりの物越しにても 前の「御簾に几帳添へたる」(【藤袴 02】)対面ていどに。 ■宮などの 兵部卿宮はじめ玉鬘への求婚者たち。 ■練じたまへる 色恋の手くだに長けていることか。 ■心苦しき 無理に玉鬘に入内をすすめるのが。 ■大原野の行幸 玉鬘は帝の御姿を拝して感激していた(【行幸 03】)。 ■若き人は… 行幸の翌朝、紫の上に言っていた内容とかさなる(【同上】)。 ■中宮かく並びなき… 冷泉帝にはすでに秋好中宮、弘徽殿女御が夫人としての地位を固めている。そこに玉鬘がはいっていけば新たな波乱をよぶことになると夕霧は心配するのである。 ■わざとさる筋の御宮仕 女御など、しっかりした立場として出仕すること。玉鬘はそうではない。 ■さる御仲らひにては 源氏は兵部卿宮と親密。 ■かの母君の… 以下、玉鬘を引き取った経緯。右近の報告(【玉鬘 11】)にもとづくが、源氏のつごうにもとづく創作がまじる。 ■かの大臣はた 以下、内大臣の話は源氏による完全な作り話。あくまで内大臣に罪を帰し、自分は悪くないという方向にもっていく。実際は内大臣は自分の子供たちを「拾い集め」ていた(【行幸 06】)。 ■ここにかくものめかす 六条院で玉鬘が大切に扱われていること。源氏に求婚されて困っていることなどは都合よく無視する。 ■人柄は 夕霧の「人ざまは…」に対応。 ■あはひはめやすからむ 「あはひ」は兵部卿宮と玉鬘の夫婦関係。 ■おぼめかしからず 「おぼめかし」はたどたどしいこと。疎いこと。 ■年ごろ 玉鬘が六条院に迎えられたのは二年前の十月。一年十ヶ月が経過している。 ■気色ばみたりける 玉鬘との結婚を内大臣にお願いしたこと。 ■宮仕をも何ごとをも 「何ごと」は具体的には結婚。 ■女は三つに従ふもの 三従の徳。家にあっては父に従い、嫁(か)しては夫に従い、夫が死んだあとは子に従うというもの。 ■ついでを違へて… 父に従うという第一に大事なことをとばして源氏が玉鬘と夫婦となるのは、ありえないという話。 ■やむごとなきこれかれ 紫の上はじめ、六条院にすまう源氏の愛妾たち。 ■おほぞうの宮仕 尚侍としての勤めのことを言う。帝の夫人ではないので、夫がいても構わない。 ■領ぜんと思しおきつる 玉鬘を表向きは尚侍にして、里に下がった時に自分の愛人にしようという源氏の腹づもりだろうと、内大臣は想像する。 ■よろこび申されける 内大臣はたしかによろこんだふりをしたが、源氏と玉鬘の関係に不審をいだいており、内心は不満である。 ■人の語り申しはべりしなり 世間の人の噂話という体で語る。 ■思ひ隈なしや 万事において気をまわしすぎる内大臣の性質。「何ごとにつけても際々しう、すこしもかたはるさまのことを思し忍ばず」(【行幸 01】)。

朗読・解説:左大臣光永