【行幸 01】源氏、玉鬘の今後について苦慮
かく思しいたらぬことなく、いかでよからむことは、と思しあつかひたまへど、この「音無《おとなし》の滝」こそうたていとほしく、南の上の御|推《お》しはかり事《ごと》にかなひて、軽々《かるがる》しかるべき御名なれ。かの大臣《おとど》、何ごとにつけても際々《きはぎは》しう、すこしもかたはなるさまのことを思し忍ばずなどものしたまふ御心ざまを、さて思ひ隈《ぐま》なく、けざやかなる御もてなしなどのあらむにつけては、をこがましうもやなど、思しかへさふ。
現代語訳
源氏の大臣は、このように考えうる限りのお心づかいをなさって、姫君(玉鬘)を、どうにかしてよいようにと、ご思案になられるが、大臣はこの「音無の滝」でいらっしゃって、姫君への恋心を抱いていらっしゃることが、姫君は嫌である。大臣はそれが気の毒だし、南の上(紫の上)がご推察なさった事が的中して、軽々しい御名も立ちかねないのである。かの内大臣は、何ごとにつけても物事をはっきりさせるたちで、すこしも中途半端なままでは我慢のおできにならないといったご気性でいらっしゃるので、もしも姫君が実の娘とお知りになったあかつきには、思いのままに、はっきりと大臣(源氏)を婿としてお扱いになるだろう。そうなったら、つまらない世間の噂にもなるだろうなどと、大臣は反省なさる。
語句
■音無の滝 古注は「いかにしていかでよからむ小野山の上より落つる音無の滝」「とにかくに人目づつみをせきかねて下にながるる音無の滝」などを引歌として上げるがいずれも出典不明。恋心を抑えているが抑えきれずに流れ出してしまうことをいう。 ■うたていとほしく 「いとほし」と思っているのは語り手。 ■南の上の御推しはかり事 紫の上が源氏の玉鬘への執心を見抜いて指摘した件(【胡蝶 06】)。 ■際々しう 「際々し」は内大臣の気性をしめす言葉。「いと際々しうものしたまふあまりに…」(【篝火 01】)。 ■さて もしも内大臣が玉鬘が自分の実の娘であることを知ったら。 ■けざやかなる 「けざやか」ははっきりしているさま。これも内大臣の気性をしめす言葉。「けざやかにもてはやし…」(【常夏 01】)。 ■をかこがましう 玉鬘が内大臣の娘であり、しかも源氏と関係を持っているということになると、源氏は内大臣の娘婿という形になる。また紫の上の嫉妬もまねくだろう。六条院の人間関係も乱れる。そうしたことをふまえて「をこがまし」という。