【真木柱 17】男踏歌の一行、各地を巡る

原文

踏歌《たふか》は方々《かたがた》に里人《さとびと》参り、さまことにけににぎははしき見物《みもの》なれば、誰も誰もきよらを尽くし、袖口《そでぐち》の重なりこちたくめでたくととのへたまふ。春宮の女御も、いと華やかにもてなしたまひて、宮はまだ若くおはしませど、すべていと今めかし。

御前、中宮の御方、朱雀院とに参りて、夜いたう更けにければ、六条院には、このたびはところせしと省きたまふ。朱雀院より帰り参りて、春宮の御方々めぐるほどに夜明けぬ。

ほのぼのとをかしき朝ぼらけに、いたく酔《ゑ》ひ乱れたるさまして、竹河《たけかは》うたひけるほどを見れば、内の大殿の君達《きむだち》は四五人ばかり、殿上人の中に声すぐれ、容貌《かたち》きよげにてうちつづきたまへる、いとめでたし。童なる八郎君はむかひ腹にて、いみじうかしづきたまふが、いとうつくしうて、大将殿の太郎君と立ち並《み》みたるを、尚侍《かむ》の君も他人《よそびと》と見たまはねば、御目とまりけり。やむごとなくまじらひ馴れたまへる御方々よりも、この御|局《つぼね》の袖口《そでぐち》、おほかたのけはひいまめかしう、同じものの色あひ重なりなれど、ものよりことにはなやかなり。正身《さうじみ》も女房たちも、かやうに御心やりてしばしは過ぐいたまはましと思ひあへり。みな同じごとかづけわたす綿《わた》のさまも、にほひことにらうらうじうしないたまひて、こなたは水駅《みづむまや》なけれど、けはひにぎははしく、人々心げさうしそして、限りある御饗応《みあるじ》などの事どももしたるさま、ことに用意ありなむ大将殿せさせたまへりける。

現代語訳

踏歌には、御方々のもとに、それぞれの実家でお仕えしている女房たちも参って、そのようすは格別ににぎやかな見物であるので、誰も誰も綺羅をつくして、袖口の重なり方も、仰々しく、立派にととのえていらっしゃる。東宮の御母の女御も、まことに華やかに装われて、春宮はまだお若くていらっしゃるが、万事まことに今風で、はなやかである。

踏歌の一行は、帝の御前、中宮の御方、朱雀院とに参って、夜がたいそう更けたので、六条院には、今年は仰々しいからと、お省きになる。朱雀院から帰り参って、東宮の御方々をめぐっているうちに夜が明けた。

ほのぼのと風情のある朝ぼらけに、ひどく酔い乱れたさまをして、竹河を歌っていたようすを見れば、その中に内大臣の御子たちが四五人ほど、殿上人の中にあって声にすぐれ、器量もすぐれ、揃っていらっしゃるのが、まことにすばらしい。

まだ童である八郎君は正妻腹で、父内大臣はたいそう可愛がっていらっしゃるが、まことに可愛らしく、大将殿(髭黒)の太郎君と並んで立っているのを、尚侍の君(玉鬘)も他人とは御覧にならないので、御目がとまるのだった。身分が高く宮中の交わりに馴れていらっしゃる御方々よりも、この女君(玉鬘)の御局の女房たちの袖口は、いったいに雰囲気が今風にはなやかで、同じ色あいや重なりではあるが、なによりも格別にはなやかである。尚侍(玉鬘)ご本人も、女房たちも、このように晴れやかな気分で、しばらくお過ごしになりたいと思いあっている。

男踏歌の一行は、どちらでも同じように禄として綿を被けられる、その綿のようすも色合いに格別の風情があるように工夫なさって、こちら(六条院)は水駅であったけれど、にぎやかな雰囲気で、人々は充分すぎるほど心遣いをして、一定のしきたりのあるさまざまな御饗応などの段取りも、格別な気配りをして大将殿(源氏)はおさせになったのだった。

語句

■里人 女御、更衣らのそれぞれの実家でお仕えしている女房たち。 ■袖口のきよらを尽くし 御簾の下から出る袖口の美しさに趣向の限りを尽くすのである。 ■春宮の女御 春宮の母。朱雀院の女御。もとの承香殿女御。髭黒の妹。 ■宮 春宮このとき十ニ歳。 ■竹河 「竹河の、橋のつめなるや、橋のつめなるや、花園に、はれ、花園に、我をば放てや、我をば放てや、少女《めざし》たぐへて」(催馬楽・竹河)。男踏歌で歌う曲目。 ■童なる 男踏歌の一団に童らが加わっている。 ■八郎君 内大臣の八男。 ■むかひ腹 正妻腹。 ■大将殿の太郎君 髭黒大将の長男。前に「十なるは殿上したまふ」とあった(【真木柱 14】)。 ■他人と見たまはねば 玉鬘にとって八郎は異母弟。太郎君は継子。いずれも無縁ではない。 ■やむごとなくまじらひ馴れたまへる御方々 宮仕えに馴れている女御たち。弘徽殿女御や王女御をいう。 ■かやうに御心なりて 玉鬘は出仕前は宮仕えに消極的だった。だがいざ出仕してみると予想外に快適なので、ずっと続けたいと思い出したのである。 ■かづけわたす 男踏歌の一行は、訪問先で禄として綿を被けられる風習であった(【初音 09】)。 ■水駅 行列の中継点。男踏歌の一行に湯漬けなどかんたんなものをふるまう。 ■心げさうしそて 「…過《そ》す」は、過度に…する。

朗読・解説:左大臣光永