【真木柱 13】式部卿宮の北の方、源氏を憎みののしる 宮、なだめる

原文

宮には待ちとり、いみじう思したり。母北の方泣き騒ぎたまひて、「太政大臣《おほきおとど》をめでたきよすがと思ひきこえたまへれど、いかばかりの昔の仇敵《あたかたき》にかおはしけむ、とこそ思ほゆれ。女御をも、事にふれ、はしたなくもてなしたまひしかど、それは、御仲の恨みとけざりしほど、思ひ知れとにこそはありけめ、と思しのたまひ、世の人も言ひなししだに、なほさやはあるべき、人ひとりを思ひかしづきたまはんゆゑは、ほとりまでもにほふ例《ためし》こそあれ、と心得ざりしを、ましてかく末に、すずろなる継子《ままこ》かしづきをして、おのれ古《ふる》したまへるいとほしみに、実法《じほふ》なる人のゆるぎ所あるまじきをとて、取り寄せもてかしづきたまふは、いかがつらからぬ」と、言ひつづけののしりたまへば、宮は、「あな聞きにくや。世に難つけられたまはぬ大臣を、口にまかせてなおとしめたまひそ。賢き人は、思ひおき、かかる報《むくい》もがなと、思ふことこそはものせられけめ。さ思はるるわが身の不幸なるにこそはあらめ。つれなうて、みなかの沈みたまひし世の報は、浮かべ沈め、いと賢くこそは思ひわたいたまふめれ。おのれ一人をば、さるべきゆかりと思ひてこそは、一年《ひととせ》も、さる世の響きに、家よりあまる事どももありしか。それをこの生《しやう》の面目《めいぼく》にてやみぬべきなめり」とのたまふに、いよいよ腹立ちて、まがまがしきことなどを言ひ散らしたまふ。この大北の方ぞさがな者なりける。

現代語訳

父宮(式部卿宮)の御邸では北の方を待ち迎えて、ひどく無念なことにお思いになっていらっしゃる。母北の方は泣き騒ぎなさって、「太政大臣(源氏)を結構なご縁故だと貴方(式部卿宮)は思い申し上げておられますが、どんなにか昔からの仇敵でいらしたのかと思われます。私たちの娘である女御のことをも、大臣(源氏)は、何かにつけてこっちが恥をかくようなお取り計らいをなさいましたが、それは、貴方(式部卿宮)と大臣(源氏)との間の恨みがまだとけていないのを、思い知れということでなさることだろうと、貴方もそう思いおっしゃり、世間の人もそんなふうに取り沙汰しておりましたが、私は、いくらなんでもそんなことがあるだろうか、大臣があのお方(紫の上)を大事になさるからには、あのお方に縁故のある者までも恵みを被る例もあるものだがと、合点がいかなかったのですが、それにもまして、こうして近頃になって、わけのわからない継子(玉鬘)をかわいがって、自分がすっかり慰みものにしてしまわれたのを、不憫がられて、律儀者の、浮気などしそうにもない人をとりこにして、ちやほやなさるのは、なんと心無いことではございませんか」と、わめき続けなさるので、宮(式部卿宮)は、「なんと聞き苦しいことを。世間から非難されるようなお方でもない大臣を、口にまかせておとしめなされるな。あのような賢い人は、前々から考えていて、こうした報復をしてやりたいと、思っていらしたにちがいない。そう思われたわが身の不幸というものだろう。大臣は、なにげないふりをして、万事、あの落ちぶれていらした時期の報復として、ある者は引き立て、ある者は引き下ろして、まことに賢く、ずっとお考えになっていらっゃしゃるようだ。私一人を、しかるべき縁故と思ったればこそ、先年も、あのように世間の評判になるほど、わが家にあまる催し事をしてくださったのだ。それをこの一生の面目として終わりにするべきだろう」とおっしゃるので、北の方はいよいよ腹を立てて、忌まわしいことなどを言いちらしなさる。この大北の方はまったく、手に負えない方なのであった。

語句

■母北の方 式部卿宮の北の方。紫の上の継母でもある。 ■昔の仇敵 昔からの宿命的な敵。北の方は紫の上が源氏に引き取られて「御幸い」と世間から見られていたことを「ねたげ」に「安からず」思っていた(【賢木 14】)。 ■女御をも 式部卿宮と北の方の娘である王女御。源氏は女御の入内に協力せず(【澪標 11】)、入内後も、源氏の後見する斎宮女御(梅壺・秋好中宮)によって中宮になれなかった(【少女 08】)。 ■御仲の恨み 源氏が須磨に流謫となったとき、式部卿宮(当時、兵部卿宮)は冷淡だった。それ以来、源氏は宮と距離を置いている(【澪標 11】【同 17】)。 ■人ひとりを思ひかしづきたまはん 「人」は紫の上。式部卿宮の娘で、ここで喋っている北の方の継子。 ■ほとりまでもにへほふ例 紫の上が源氏に迎えられたことにより、その実家である式部卿宮家にも恩恵があるだろうという理屈。 ■おのれ古したまへる 源氏が玉鬘を愛人としてもてあそんだ末に、律儀者で浮気しないであろう髭黒を籠絡して、おしつけたと北の方は見るのである。かなり悪意な見方である。 ■実法なる人 髭黒は律儀者で女遊びなどする性質ではない。すべては源氏の策略であると北の方は断定する。実際は髭黒が玉鬘を手に入れたのは源氏にとっても予想外なことだったのだが。 ■つれなうて 源氏が、さりげないふりをして、心の内では、須磨に流謫していた時に誰が親身だったか、誰が冷淡だったかをはかりにかけ、それによって人事を操作しているというのである。 ■さる世の響き 先年、源氏が式部卿宮の五十の賀を六条院で開催したこと(【少女 32】)。

朗読・解説:左大臣光永