【少女 08】梅壺女御、並み居る競合を抑えて中宮に立つ

かくて、后《きさき》ゐたまふべきを、「斎宮の女御をこそは、母宮も後見《うしろみ》と譲りきこえたまひしかば」と、大臣もことつけたまふ。源氏のうちしきり后にゐたまはんこと、世の人ゆるしきこえず。弘徽殿《こうきでん》の、まづ人より先に参りたまひにしもいかがなど、内《うち》内に、こなたかなたに心寄せきこゆる人々、おぼつかながりきこゆ。兵部卿宮と聞こえしは、今は式部卿にて、この御時にはましてやむごとなき御おぼえにておはする、御むすめ本意《ほい》ありて参りたまへり。同じごと王女御《わうにやうご》にてさぶらひたまふを、同じくは、御|母方《ははかた》にて親しくおはすべきにこそは、母后のおはしまさぬ、御かはりの後見にことよせて、似つかはしかるべく、とりどりに思し争ひたれど、なほ梅壺《むめつぼ》ゐたまひぬ。御幸ひの、かくひきかへすぐれたまへりけるを、世の人驚ききこゆ。

現代語訳

さて、近々立后の儀が行われることになっているが、「斎宮の女御をこそ、母宮(藤壺)も帝の世話役とお頼み申しておられたから」と、大臣もその御言葉にことつけて、斎宮の女御をおすすめになられる。藤原氏以外の皇族出の人が続けて后にお立ちになられることは、世間の人も納得申しあげない。「弘徽殿の女御が、他の人より先に参内なさっていたのをさしおくのも、どんなものか」など、内々で、斎宮の女御方、弘徽殿の女御方の双方にお味方申しあげている人々は、どうしたものかと心もとなく存じ上げる。

兵部卿宮と申しあげた方は、今は式部卿であって、今の帝の御時には以前にもまして帝に篤く信任されていらっしゃるが、その姫君がかねてからのご希望で入内なさった。斎宮の女御と同じく、王族出身の女御としてお仕えなさるのを、「同じことなら、御母(藤壺)方に親しい血筋でいらっしゃるので、母后(藤壺)のお亡くなりになった、御代わりの世話役という名目からいっても、似つかわしいだろう」と、それぞれの思惑で争っておられたが、やはり梅壺の女御が中宮になられた。その御幸いが、母君(六条御息所)にひきかえ、すぐれていらっしゃったのだと、世間の人は驚き申している。

語句

■かくて 話題の切り替え。 ■后 冷泉帝の立后のこと。 ■母宮 藤壺。 ■後見 帝の世話役。中宮のこと。 ■ことつけたまふ 源氏自身、斎宮の女御を中宮として推したいのだがそれでは説得力が弱いので、亡き藤壺の言葉を理由として女御を推すのである。 ■源氏のうちしきり后にゐたまはんこと 「源氏」はここでは藤原氏以外をさす。そこには皇族もふくむ。藤壺を想定している。 ■弘徽殿 右大将(昔の頭中将)の娘。梅壺女御より二年前に入内している(【澪標 11】)。 ■こなたかなた 斎宮の女御方と弘徽殿の女御方。源氏方と右大将方。その対立は絵合巻ですでに描かれていた(【絵合 07】)。 ■兵部卿宮 紫の上の父。藤壺の兄。冷泉帝の伯父。 ■やむごとなき 帝の伯父として信望篤いのである。 ■御むすめ 式部卿宮の中の君。紫の上とは腹違いの姉妹となる。かねて入内を狙っていた(【澪標 11】)。 ■王女御 皇族出身の女御。 ■御母方 冷泉帝の母藤壺の兄式部卿宮の娘だから、冷泉帝にとって従姉妹に当たる。 ■とりどりに思し争ひたれど 源氏・右大将・式部卿宮それぞれが思惑を抱いて競争したのである。 ■かくひきかえ 梅壺の女御の母、六条御息所が悲運であったのにひきかえて。

朗読・解説:左大臣光永

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