【少女 09】源氏は太政大臣に、右大将は内大臣となる 内大臣一族と雲居雁のこと

大臣《おとど》、太政大臣《だいじやうだいじん》にあがりたまひて、大将、内大臣になりたまひぬ。世の中の事どもまつりごちたまふべく、ゆづりきこえたまふ。人柄いとすくよかに、きらきらしくて、心もちゐなどもかしこくものしたまふ。学問をたててしたまひければ、韻塞《ゐんふたぎ》には負けたまひしかど、公事《おほやけごと》にかしこくなむ。腹々《はらばら》に御子ども十余人、大人びつつものしたまふも、次々になり出でつつ、劣らず栄えたる御|家《いへ》の内なり。

女は女御といま一ところとなむおはしける。わかんどほり腹にて、あてなる筋は劣るまじけれど、その母君、按察《あぜちの》大納言の北の方になりて、さしむかへる子どもの数多くなりて、それにまぜて後の親にゆづらむいとあいなしとて、とり放ちきこえたまひて、大宮にぞ預けきこえたまへりける。女御には、こよなく思ひおとしきこえたまひつれど、人柄|容貌《かたち》など、いとうつくしくぞおはしける。

現代語訳

源氏の内大臣は太政大臣にご昇進なさって、右大将は内大臣になられた。そこで天下の政治を内大臣がお執りになられるよう、内大臣に実権をお譲りになられる。この内大臣は人柄がまことに剛直で、派手好きで、心遣いなども聡明でいらっしゃる。学問を特に熱心に励まれたので、あの韻塞《いんふたぎ》には源氏の君にお負けになられたが、政治向きには有能な御方である。多くのご婦人に御子たちが十余人あり、成人なさった方は次々に立派な官職について、源氏の一族にも劣らず栄えている御一族である。

内大臣の娘は弘徽殿の女御ともうお一方いらっしゃった。この姫君(雲居雁)は王族腹で、高貴な血筋であることは弘徽殿の女御に劣らないけれど、その母君は、後に按察使大納言の北の方になって、そちらでできた御子たちの数が多くなって、それにまぜて継父に養育を任せるのがひどく好ましくないとして、実母のもとから姫君を引き離しなさって、大宮にお預け申し上げなさった。内大臣は、この姫君を、弘徽殿の女御と比べて、ひどく下に見ていらしたが、人柄顔立ちなど、たいそう可愛らしくていらっしゃるのだった。

語句

■太政大臣 適任者がいなければ空席となる「則闕の官」。源氏は昨年秋の司召に太政大臣に推されて辞退していた(【薄雲 16】)。 ■大将 右大将。昔の頭中将。 ■ゆづりきこえたまふ 源氏が新内大臣に。 ■すくよか 剛直で、気丈なさま。 ■きらきらしくて 「きらきらし」は派手好みであること。 ■韻塞 「韻塞」は古人の詩の韻を当てる遊戯。内大臣は源氏と韻塞を争って負け、負けわざをした(【賢木 32】)。 ■わかんどほり 皇族のこと。 ■劣るまじけれど 弘徽殿の女御は右大臣家の四の君腹。 ■按察使大納言 大納言で按察使を兼任した人。按察使は地方の民情を汲む役だが当時は名誉職で実際に現地に赴任しない。 ■さしむかへる子ども 按察使大納言との間にできた子供たち。 ■後の親 雲居雁の継父である按察使大納言。

朗読・解説:左大臣光永

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