【少女 32】六条院の造営 式部卿宮の五十の賀の準備

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原文

大殿、静かなる御住まひを、同じくは広く見どころありて、ここかしこにておぼつかなき山里人などをも、集《つど》へ住ませんの御心にて、六条京極のわたりに、中宮の御|旧《ふる》き宮のほとりを、四町《よまち》を占めて造らせたまふ。式部卿宮、明けん年ぞ五十になりたまひけるを、御賀の事、対の上思し設くるに、大臣もげに過ぐしがたき事どもなり、と思して、さやうの御いそぎも、同じくはめづらしからん御家ゐにてと、急がせたまふ。年かへりては、ましてこの御いそぎの事、御としみのこと、楽人舞人《がくにんまひびと》の定めなどを、御心に入れて営みたまふ。経仏法事《きやうほとけほうじ》の日の装束禄などをなん、上はいそがせたまひける。東《ひむがし》の院にも、分けてしたまふ事どもあり。御仲らひ、ましていとみやびかに聞こえかはしてなん過ぐしたまひける。

世の中響きゆすれる御いそぎなるを、式部卿宮にも聞こしめして、「年ごろ世の中にはあまねき御心なれど、このわたりをばあやにくに情なく、事にふれてはしたなめ、宮人をも御用意なく、愁はしきことのみ多かるに、つらしと思ひおきたまふ事こそはありけめ」と、いとほしくもからくも思しけるを、かくあまたかかづらひたまへる人々多かる中に、とり分きたる御思ひすぐれて、世に心にくくめでたきことに、思ひかしづかれたまへる御宿世をぞ、わが家まではにほひ来《こ》ねど、面目《めいぼく》に思すに、またかくこの世にあまるまで、響かし営みたまふは、おぼえぬ齢《よはひ》の末の栄えにもあるべきかな、とよろこびたまふを、北の方は、心ゆかずものしとのみ思したり。女御の御まじらひのほどなどにも、大臣の御用意なきやうなるを、いよいよ恨めしと思ひしみたまへるなるべし。

現代語訳

源氏の大臣は、閑静なお住まいをお望みになり、同じことなら広くて見どころがあり、あちこちに住んでいて気がかりな山里人たちをも、集めて住まわせようとの御心で、六条京極のあたりに、梅壺中宮が御相続なさった御邸のあたりを、四町を占めて造営させなさる。

また式部卿宮が来年五十におなりなので、御賀の事を、対の上(紫の上)がご準備されていたところ、源氏の大臣も、なるほどこれは見過ごしにできないことであるとお思いになって、そうした御準備も、同じことなら新しい御すまいでと、急がせなさる。

年が改まると、それまでにもまして、この御準備のこと、法会の後の精進落し(祝宴)のこと、楽人舞人の選定などを、熱心に采配をふるわれる。お経や仏像の飾り付け、法事の日の装束、参加者への禄などを、対の上(紫の上)はご準備なさる。東の院(花散里)でも、分担してなさることがいろいろある。対の上(紫の上)と東の院(花散里)との御仲は、以前にもましてたいそう洗練されて、お心を交わしあって、毎日おすごしになっていらっしゃるのだった。

こうして世間が大騒ぎするほど盛大な御準備であることを、式部卿宮もお耳にされて、「源氏の大臣は、長年、世間一般に対しては広くお恵み深くあられるが、この宮家に関しては妙に薄情で、なにかにつけてばつの悪い思いをさせ、わが家に仕えている者たちに対しても御心遣いがなく、情けないことばかり多かったのだが、それは私に対して恨めしいとずっと思っていらっしゃることがあったからなのだろう」と、申し訳なくも、辛くもお思いになっていらっしゃるが、また一方では、「源氏の大臣が関係をお持ちの女性たちがこれほど多い中に、取り分けわが娘への御寵愛が深く、世にも奥ゆかしくめでたきものとして大切に可愛がられていらっしゃる姫君の御運命を、そのうまみがわが家までは及んでこないにしても、ほまれ多いこと」とお思いになられ、「その上こうして身にあまるほど、わが五十の賀の準備を、世間の評判になるほど、営んでくださるのは、思いもしない晩年の光栄であることよ」とお喜びになるのを、北の方は、気がすすまず不快にばかりお思いになっている。それは、娘の女御の御入内の時などにも、源氏の大臣が御心を尽くしてはくださなかったようなのを、いよいよ心底から恨めしいと思っておいでになるためだろう。

語句

■山里人 大堰邸の明石の君のほか、末摘花も念頭にあろう。 ■中宮の御旧き宮 梅壺中宮が母六条御息所から相続した御邸。 ■四町 「町」は条坊制で大路小路に囲まれた区画。一町は約一万五千平方メートル。 ■式部卿宮 紫の上の父。もとの兵部卿宮。 ■御賀 四十歳から十年ごとに長寿を願う宴会。参考『伊勢物語』九十七段「四十の賀」。 ■げに過ぐしがたき事どもなり 式部卿宮(昔の兵部卿宮)は源氏の須磨流謫のとき冷淡な態度だった。そのため源氏もその後宮に対して隔てを置いていたが、このあたりから態度を和らげる。 ■めずらしからん御家ゐ 新造六条院。 ■御としみ 「としみ」は精進落し。仏事の後の祝宴のこと。 ■御仲らひ 紫の上と花散里の関係。紫の上は明石の君に対しては嫉妬を抱くが、花散里に対してはおおらかな人柄のためか、うちとけている。 ■あまねき御心 源氏が世間一般に広く恵みをおよぼしているさま。 ■このわたり 式部卿宮一家。 ■宮人 式部卿宮邸にお仕えしている人々。 ■御用意 「用意」は心遣い。 ■いとほしくもからくも 式部卿宮は須磨流謫の際に源氏に冷淡にしたという自覚がある。なので源氏から恨まれることには心当たりがあり、源氏に対して申し訳ないと思っている。その一方で、そういつまでも恨まなくてもいいじゃないかと理不尽にも感じているのである。 ■かかづらひたまへる人々 源氏が関係を持っている女性たち。 ■わが家までは 里方であるわが家までは。式部卿宮は紫の上の実の父ではあるが長年放置しており、紫の上は孤児にひとしい状態だった。源氏に引き取られた後も父娘の関係はぎくしゃくしたものだった。 ■響かし営みたまふ わが五十の賀の準備を世間の評判になるほどに営まれる。 ■北の方 紫の上の継母。 ■女御の御まじらひのほど 北の方腹の中の君。王女御。源氏は梅壺女御の入内をすすめており式部卿宮の娘について何もしなかった。北の方はそのことで源氏を恨んでいる。 ■大臣の御用意なき 王女御は源氏の後援を得られず、源氏が後援する梅壺女御より入内が遅れた(【澪標 17】)。梅壺女御はさらに源氏の後押しで立后した(【少女 08】)。

朗読・解説:左大臣光永

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