【真木柱 23】帝、玉鬘を想う 玉鬘の心中

原文

内裏《うち》にも、ほのかに御覧ぜし御|容貌《かたち》ありさまを心にかけたまひて、「赤裳《あかも》垂れ引きいにし姿を」と、憎げなる古言《ふること》なれど、御言ぐさになりてなむながめさせたまひける。御文は忍び忍びにありけり。身をうきものに思ひしみたまひて、かやうのすさびごとをもあいなく思しければ、心とけたる御|答《いら》へも聞こえたまはず。なほ、かのあり難《がた》かりし御心おきてを、方々につけて思ひしみたまへる御事ぞ、忘られざりける。

現代語訳

帝におかせられても、女君(玉鬘)をほんの少し御覧になった、そのお顔立ち、お姿を心におかけになって、(帝)「赤裳垂れ引きいにし姿を」と、俗悪な古言ではあるが、それがお口癖になって、ぼんやり物思いに沈んでいらっしゃる。お手紙は忍び忍びにあった。女君(玉鬘)はわが身を幸うすきものとすっかり思い知っていらして、このような戯れ言さえも自分にはふさわしくないとお思いになっておられたので、うちとけたご返事も差し上げなさらない。やはり、あの滅多にないことであった殿(源氏)のお心づかいを、あれやこれやにつけて心にしみついている御事こそが、忘れられないのである。

語句

■赤裳垂れ引きいにし姿を 「立ちて思ひ居てもぞ思ふくれなゐの赤裳たれひきいにし姿を」(古今六帖五)。 ■憎げなる 世俗的な。俗悪な。 ■身をうきものに 前にも「似げなきことも出で来ぬべき身なりけりと心憂きに」(【真木柱 20】)。 ■なほ、かのあり難かりし… 実際に言い寄られていた頃は玉鬘は源氏に不快感をしめしていたが、いまやその不快感はなくなり、心地よい思い出として昇華されている。

朗読・解説:左大臣光永